一般的な旅客機を改造し、機内に宇宙空間を再現する特殊な航空機が存在します。いったい、どのように地球上に宇宙空間を作り出すのでしょうか?
放物線軌道の飛行によりゼロGを作り出す
アメリカ航空宇宙局(NASA)は2026年8月13日、最新の「低重力研究機」を発表しました。これは地球上で宇宙空間のような無重力環境を再現するために、航空機そのものを実験装置として利用したものです。原型機はボーイング737-700型機であり、外見上はNASAの塗装が施された以外特に変わったところはありません。
この研究機は機体を急上昇させた後、エンジン推力をアイドリング状態に下げ、操縦輪を押し機首を下げながら放物線飛行へ移行することで、機内に低重力環境を作り出します。仕組みを理解する鍵は「落下」にあります。航空機が放物線軌道を描いて飛行すると、機体そのものと内部の人間や物体が地球の重力加速度で落下します。その結果、機内では床から身体を支える力が失われ、乗員は宙に浮いた状態になります。これが航空機による微小重力、いわゆる「ゼロGフライト」となります。
典型的な飛行では、低重力状態は約25秒間続きます。その間にはゼロGだけでなく、機首を下げるペースを調整することで月面の約0.16Gに相当する低重力環境を模擬することもできます。
放物線軌道の終端では一転して約2Gの機体の引き起こしを行い、通常の水平飛行へ復帰します。そして再び急上昇から放物線飛行という流れを1セット数分間で15回から30回ほど繰り返すのが通常です。
ゼロG状態の再現は1回たったの25秒ですが、この短い時間は宇宙開発にとって極めて重要な意味があります。宇宙船の内部では、地上とは異なる物理現象が発生します。例えば液体は容器の底へ沈まず、気泡の挙動も変化し、燃焼や熱伝達、人体の平衡感覚まで地上とは異なります。宇宙飛行士の身体が微小重力へ適応する過程を調べるうえでも、こうした環境を地球上で再現できる航空機は重要な研究手段となるのです。
急上昇・無重力・引き起こしの連続で“ゲロ吐き”?
低重力研究機は、宇宙飛行士だけのために存在するわけではありません。将来の宇宙船に搭載する生命維持装置、科学機器などを実際の低重力環境で試験することもできます。宇宙空間で不具合が発生すれば修理は容易ではありません。だからこそ、打ち上げ前に可能な限り多くの条件を地上で検証しておく必要があります。動物実験が行われることもあり、無重力空間で猫が「泳ぐ」映像も残されています。
この航空機には科学機器らしからぬ奇妙な通称があります。「ボミット・コメット(Vomit Comet)」日本語にすれば「嘔吐彗星」です。その名前の由来は明快です。急上昇、無重力、そして2Gの引き起こしという一連の飛行によって、平衡感覚を司る器官と視覚から得られる情報に大きなずれが生じ、いわゆる「宇宙酔い」に似た症状が起こり、被験者が吐いてしまうことが珍しくないからです。
宇宙船の環境を地上で完全に再現することはできません。だからこそ航空機を使い、25秒という短い時間だけ宇宙の物理条件を地球上で再現します。737-700という見慣れた旅客機の姿の内側には、宇宙開発を支える極めて高度な「飛ぶ実験設備」が存在しているのです。
「嘔吐彗星」の技術の原理そのものはNASAや737-700だけの特殊なものではありません。放物線飛行によるゼロG環境の再現は日本でも実施されており、我々一般人でも料金を支払えば無重力を体験することもできます。