引退したはずの「国鉄型気動車」を運転! でもなぜ只見線? 「音は体験の半分」英国ゲーム会社の執念

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鉄道シミュレーションゲーム『Train Sim World 7』で、アジア初の路線としてJR只見線が発表されました。引退したキハ40系をデジタルで保存する開発思想に迫ります。

「もう二度と元の姿では見られない世界」を走る

 鉄道運行シミュレーションゲームの世界大手Dovetail Gamesが、運転士になりきって列車を運行できる『Train Sim World 7』(TSW7)で、アジア初の路線として日本のJR只見線を発表しました。世界中の鉄道ゲーマーが一挙手一投足を追う同社の開発責任者マット・ペドルスデン氏への単独インタビューから見えてきたのは、「素晴らしい会津の景色」と「過去の鉄道体験を呼び起こす」ことを目指した開発思想です。

 Dovetail Gamesは2008年創業で、英国ケント州に本社がある従業員約200人の企業です。同社の主力商品TSW7は、「超リアル」を追求したシミュレーションゲームです。過去に発売された世界の路線では、写真と見まがうほどの写実性を披露してきました。

 2026年9月29日(英国時間)に発売された「只見線」は、会津若松から只見までが舞台です。その区間を、2020年に惜しまれつつ定期運行を終えたキハ40系気動車が走るのです。つまり、「もう二度と元の姿では見られない世界」のシミュレーションなのです。

 なぜ只見線にこだわったのでしょうか。そのカギは、キハ40系が握っていました。只見線は「世界で最もロマンチック路線の一つ」とみる鉄道ファンもいます。ペドルスデン氏は「只見線は景色がすべて」と述べたうえで次のように強調しました。「車両も重要だ」。同氏によれば、旧型車両には「クセ」があり、それがゲームとしての面白さにつながるといいます。

 只見線は、山間部を縫うように走り、カーブを曲がる度に景色が次々と変化します。只見川を何度も渡り、集落を抜け、また深い谷へと入っていきます。豊かな地形に対応するために運転士はのんびりしていられないと、同氏は指摘します。そこを国鉄時代の郷愁を残すレトロ感たっぷりのキハ40系を走らせれば、列車を単に「運転する」だけではなく、「そこを旅している」感覚が生まれるというのです。

 同氏は古いものを大切にする日本のゲーマーにも一目置いています。「イギリスの鉄道ゲーマーは何よりも最先端(ultra-modern)の列車を好む一方、日本のゲーマーは歴史的な要素や古い時代のものへの関心が高い」と分析します。古いものをただ単に古いものと切り捨てるだけでない日本のゲーマーのメンタリティを深く理解しているからこそ、「キハ40が走る只見線のゲーム化」に結び付いたのではないでしょうか。

只見線の枠を超えるノスタルジック体験

 鉄道シミュレーターには、行ったことのない場所へ行った気になるだけでなく、「かつて行った全く別な場所を思い出すという、一般的なゲームとは異なる側面がある」(ペドルスデン氏)そうです。筆者(赤川薫:英国在住アーティスト・鉄道ジャーナリスト)が只見線のゲーム発売前に先行して試遊したところ、80年代や90年代の様々な列車の思い出が走馬灯のように流れました。

 天井に設置された首振り扇風機、丸いつり革、布の光沢がどこか懐かしいボックスシート。客車のディテールに感心しつつ、いざ運転席に座り、窓を全開にして発車すると、うなるようなエンジン音や踏切の音、その他あらゆる音がドッと流れ込んできて、いつのまにか「只見線のキハ40系」という枠も忘れてしまいました。高校をサボって乗った横須賀線のガラガラな車両の情景や、その片隅で、解放感と背徳感が入り混じった青い気持ちを抱きながら、夢中になって読んだ本の厚みまでもが感触として手に蘇り、思わず涙しそうになったのです。

 感情を揺さぶられる秘密がゲームには隠されていました。開発責任者ペドルスデン氏は、音にこだわったと言います。「音は体験の半分」とみているからです。

「列車の姿を見れば、その列車の音を思い出す。音を聞けば、かつて乗ったときの感覚が蘇る。さらに脳が、そのときの匂いや空気まで補っていく」という同氏。その裏には日本特有の「空気感」を大切にしたいというコンセプトがあったそうです。

 ところが、ここで大きな問題がありました。

 只見線を含む東北地方のキハ40系は、開発が始まった時点ですでに定期運用から引退していました。そこで同社の協力企業であるUnion Workshopが向かったのが、四国でした。

 四国には当時、国鉄時代からの原型エンジン「DMF15HSA」を搭載したキハ40系が残っており、Union Workshopは実車のエンジン音を録音。それをゲームに組み込みました。

 走行中のディーゼルカーでは録音しにくい音については、ほかの類似車両や保存車両から得た音源も組み合わせ、加工しています。

 実際の駅の音、周囲の鳥の声、農村の環境音などを録音するため、只見線の沿線へも赴いたそうです。映像だけではなく、音によって脳に「残りの部分」を補完してゲームの世界に没入できるよう試みたわけです。

一筋縄にはいかなかったデータ化

 ただ録音したからといってゲームがすぐに開発できたわけではありません。日本の鉄道設備、駅、踏切、信号、建物、植生などを大量にデータ化する必要がありました。

 地形そのもののデータ化にも膨大な作業が必要でした。欧州の路線などでは、アメリカ航空宇宙局(NASA)が提供している地形データを利用できるケースがあります。しかし、只見線には、当時、広範に利用できるデータがありませんでした。そこで、現地調査、写真、動画など膨大な資料を組み合わせ、只見川沿いの谷を手作業で細かく調整していったそうです。

 運転士が駅を発車・停車する際、「少し曲がった柱」や「特徴的な色の木」など、地図には載っていないものを目印として使うことがあるそうです。そうしたディテールも沿線に住んでいる人たちと話しながら付け加え、さらに2011年の豪雨で損傷した鉄橋なども忠実に再現しました。

 筆者は、同社を過去に繰り返し取材してきました。そこで感じたのは、引退してなくなった車両や被災した路線を、デジタル技術によってゲームとして「保存する」というコンセプトです。

 今回は、その点においてアーティストとして同社とコラボレーションしました。ゲーム内で描かれた「錆びた第5只見川橋梁を通過するキハ40系」のスクリーンショットをもとに、筆者がアーティストとして絵を制作し、その制作過程を収めた動画は、Dovetail Gamesによる只見線アドオンのプロモーションの一環として、同社のSNSなどを通じて紹介されます。

 使ったのは、近代化の過程で淘汰され、日常生活では使われなくなった文字である「変体仮名」です。近付いて文字を読めば、只見線の駅名が何度も繰り返し書かれており、離れて作品全体を眺めれば、第5只見川橋梁を渡るキハ40系の姿が浮かび上がります。

 鉄道を「運転する」だけではなく、かつてそこにあった風景や音、そして記憶までを残そうとする。今回の只見線は、そんなデジタル技術の可能性を考える機会にもなりました。そして、海外から向けられた視線は、私たちにとっては見慣れていた日本の鉄道車両や沿線風景が、実は残し、世界に伝えていく価値のある文化なのだと改めて気付かせてくれるものでもあります。

【動画】変体仮名で描いた「錆びた第5只見川橋梁を通過するキハ40系」