“ソ連製”じゃない!? 中国が独自に作った「ミグ戦闘機」の正体 なぜ本家にはない「複座型」が生まれたのか

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ソ連のミグ戦闘機を多数ライセンス生産した中国。しかし、なかには本家ソ連にもない独自開発の「複座型」が存在します。なぜそのような機体が生まれたのでしょうか。

本家ソ連にはない「複座型」

 旧ソ連を代表する戦闘機といえば、ミコヤン・グレビッチ設計局が開発した「ミグ(MiG)」シリーズが有名です。このミグ戦闘機を、開発国ソ連以外で最も多く生産し、使用してきたのが中国です。中国では、ミグ戦闘機の各型が1000機を超える規模でライセンス生産され、その一部は海外へも輸出されました。生産されたのはソ連製と同じ型だけではなく、そこからさらに発展させた独自の派生型も作られています。その派生型の中で最も多く生産されたのが、ソ連では生産されなかったMiG-17とMiG-19の「複座型」でした。

 複座型とは、パイロットが2人搭乗できる機体のことで、主に練習機として使用されます。なぜ、本家であるソ連には存在しない複座型が、中国で数多く生産されることになったのでしょうか。

 ソ連では、MiG-15の複座練習機型であるMiG-15UTIが大量に生産されていました。このMiG-15UTIが非常に使いやすい機体であったため、後継機であるMiG-17やMiG-19が登場した後も、引き続きパイロットの養成に使用され続けたのです。

 そのため、ソ連ではMiG-17とMiG-19の複座型は開発されませんでした。ミグシリーズで新たな複座型が登場するのは、さらに後のMiG-21の複座型であるMiG-21Uまで待つことになります。

中国独自の練習機「JJ-5」と「JJ-6」

 一方、中国では独自の事情から複座型の開発が進められました。まず、1956年からMiG-17のライセンス生産が「J-5」として始まり、1800機以上が生産されました。そして1966年からは、そのJ-5をベースにした複座型「JJ-5」の生産が開始されます。これは、中国が独自に開発した初の高等練習機でした。

 JJ-5には特徴的な点があります。単座型のJ-5が搭載していたアフターバーナー付きエンジンから、アフターバーナーを取り去ったエンジンに変更されているのです。これは、もともと燃料搭載量の少ないMiG-17がアフターバーナーを使用すると、燃料切れで墜落する事故が多発したための措置と考えられます。JJ-5は、単座型を上回る1061機が生産されるベストセラーとなりました。

 続いて1958年からは、MiG-19のライセンス生産が「J-6」として始まり、こちらは3000機に及ぶ大量生産が行われました。このJ-6にも、複座練習機型の「JJ-6」が存在します。JJ-6は、単座型では3門搭載していた30mm機関砲を1門に減らし、胴体を84cm延長するなどの改修が加えられています。

 J-6はオーバーホール間隔が短く、整備に手間がかかる機体でしたが、JJ-6は安価な練習機として、一部の国では現在でも使用されています。

 一見するとソ連機のように見えるJJ-5とJJ-6ですが、この二機種はまさに、ソ連戦闘機の遺伝子を引き継いだ「中国生まれの軍用機」といえるでしょう。