現役引退発表の小林悠が明かす引退理由「自分自身のことを自分が信じきれなくなってしまった」

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 川崎フロンターレに所属する元日本代表FW小林悠が今シーズン限りで現役を引退することを発表した。

 現在39歳の小林は2010年に川崎Fに加入して以降、同クラブ一筋でプレーし、2017年にはJ1得点王と最優秀選手賞に輝くなど、キャリア通算では531試合出場で184得点を記録。川崎Fではクラブ初を含む4度のJ1優勝を経験したほか、2度のスーパーカップ優勝、1度のJリーグカップ優勝、2度の天皇杯優勝などのタイトル獲得に貢献してきた。

 17年目シーズンの迎えた2026/27明治安田J1リーグではここまで出場機会がなかったなか、自身の39歳の誕生日に背番号と同じ11時から会見を実施した小林は、「プロサッカー選手をやっていればいつかは誰しもが来る日が来た。自分の中では決めていたことなので、こうやってたくさんの人の前で話せることでホッとしているという気持ちです」と心境を明かした。

 引退理由については「一番決め手になったことは、自分自身のことを自分が信じきれなくなってしまったということが一番の理由」と明かした小林は「気持ちでプレーしている部分が多かったので、それができないのなら、それを選手を退くべきだなと思い、決断しました」と語った。

 また、引退を決断した時期としては「細かく言えば、プロである程度、FWとして活躍するようになってから、シーズンを通して1点も取れなかったら、FWとして辞めるべきだなとずっと思っていた」と自身の姿勢を明かしながら、2試合の出場にとどまった明治安田J1百年構想リーグ前から引退を検討していたことも打ち明けた。

「百年構想の前のシーズン、アウェイのガンバ大阪戦でゴールを決めたんですけど、その時も年齢はかなりいっていたので、引退もよぎっていた時期でもあって、ガンバ大阪戦の前には妻にLINEをして、『今日決められなかったら、サッカー引退するかもしれない』という話はしていた。でも、決めることができたので、そのシーズンは辞めなかった」

「その後の百年構想リーグでゴールを決められなかったので、引退しようかなと思っている中で、最後ケガをしてしまってピッチに立てなかったので、強化部や吉田社長と話をして、やっぱり最後は応援してくれたサポーターに対してピッチに立つべきじゃないかと言っていただいた。自分の中でもう1年間、体と心と向き合った時にちょっと頑張れないなという自分がいたので、特別な形で12月いっぱいでの引退という形になりました」

 自身の誕生日に引退会見を実施することになった経緯には「強化部の方とも話をして、長く応援してくれていたサポーター方達にもなるべく早い時期に知ってもらって、最後の僕の引退までの姿を見てもらう方が良いんじゃないかということと、39歳というキリの良いというか、良い日だったので今日にしました」と説明した。

 さらに、現役時代には共にプレーし、現在はヘッドコーチを務める中村憲剛氏に引退の相談をした際には、「憲剛さんはやっぱり百年構想で辞めるのは違うんじゃないかと言ってくれた。憲剛さんがもし1年頑張れないなら、半年でも言えばたけさん(強化本部長の竹内弘明氏)とかも力になってくれるんじゃないと言ってくれたので、憲剛さんの助言はすごいありがたかったですね」と感謝を口にした。

 そして、サポーターへの思いについて聞かれた小林は、涙を堪えつつ、言葉を詰まらせながら、「本当にここ数年は苦しいことが多くて、試合に出られない日だったり、ケガが多くてなかなか絡めない日でも、やっぱり11番のユニフォームを僕が出ないのに着てくれて、応援してくれている人の姿を見ると、何回でももう一回頑張らないとなと思えました」と大きな存在であったことを強調しつつ、次のように続けた。

「最後の方は、自分が自分を信じられなかったんですけど、それでも自分を信じてくれるサポーターがいたから、なんとかここまでやってこられたと思う。感謝しかないですし、本当にその人たちと家族の妻と息子たちのために、最後の3カ月、どんな形でもいいので、その人たちにゴールをする姿を絶対に見せたいのと、感謝の気持ちを返したいと思っています」

 なお、今後については「僕自身、特に体格に恵まれたわけでも、スピードがあるわけでもないですけど、こうやって得点をたくさん取れたことには自分なりの考えがあって、それを指導者としてFWを育てるというか、指導者としての引退後は考えていて、チームにこのままフロンターレに残れれば、一番自分の中ではベストかなと思っています」と川崎Fで指導者の道を歩んでいくことを目指していると語った。