沖縄県名護市辺野古沖で小型船2隻が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府)2年の武石知華さん(17)ら2人が死亡した事故は16日で発生から半年。「事実が知りたい」と訴え、奔走してきた両親が取材に応じ、「知華に会えない現実に目をそらしつつ過ごしてきた。知華がいないことが日常になるのはつらい」と心境を語った。
「おしゃべりで面白く、マスコット的な存在だった」という知華さん。同校の自由な校風を楽しみ、昨夏には米ハーバード大のサマースクールにも参加した。たくましく成長し、宇宙分野の研究に興味を持つなど将来を描き始めた矢先だった。
知華さんの母親(49)が同級生の保護者から事故の知らせを受けたのは3月16日正午すぎ。高校に急行すると、当時の西田喜久夫校長から「死亡が確認されました」と告げられた。淡々とした口ぶりはまるで人ごとで、「大事に育ててきた娘を物として扱われたように感じた」と振り返る。
母親は当日中に沖縄に飛び、遺体と対面。18日早朝には、那覇市内のホテルから一人でタクシーに乗って辺野古漁港に向かった。探し回った末、目の前に現れた「平和丸」はテレビで見るより小さく、「なんでこんな船に…」とあぜんとした。泣きながら「ともちゃん」と呼び掛け、必死に船全体を動画に収めた。
事故の約2週間後には、父親(49)がインターネット投稿サイト「note(ノート)」を開設し、まな娘への思いや事故当時の状況をつづった。反響は大きく、これまでに多くの情報や励ましが寄せられたという。
両親は7月、西田前校長や船の運航団体の関係者ら計11人の刑事告発に踏み切った。運航団体が事故原因を検証する動きは見えず、母親は「事故がなければ今も違法行為の正当化が続いていただろう。犠牲が出なければ気づかないのはおかしい」と憤る。父親も「ほとぼりが冷めたら、また学生や一般人を乗せるのだろうか」と不信感を募らせる。
同校は8月末に約5カ月ぶりの保護者会を開いたが、「捜査中」を理由に質問への回答を避けた。父親は「事故直後から保身を続け、西田前校長は最後まで説明責任を果たさなかった」と指摘し、こう問い掛けた。「自分たちの言葉で生徒や保護者に説明するべきではないのか」。
〔写真説明〕辺野古転覆事故で亡くなった武石知華さんの仏壇に手を合わせる両親=12日
〔写真説明〕沖縄研修旅行のしおりを手に、武石知華さんについて話す両親=12日
〔写真説明〕武石知華さんが描いたイラスト。趣味の「推し活」や自身の性格、得意の語学などが表現されている=12日