「1300年前の道」から「平成のトンネル」まで全部残ってる!? 6本が並行する奇跡みたいな峠に行ってみた

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飛鳥時代から平成までの道がすべて現存する峠が静岡県にあります。徒歩の道からクルマのトンネルまで、道の変遷を辿れる稀有な場所を訪ねました。

新しい道ができ、古い道は忘れられ……なかった場所!

 古来より、交通の要衝となる峠では、時代の要請に合わせた道が切り拓かれてきました。そうした道はまず「徒歩の道」として作られ、地形によっては「牛馬での運搬が可能な道」、さらに近代以降には「クルマが通れる道」へと改良されてきました。こうした改良は、ときに古い道とは異なるルートを選択することもありました。より便利な道が通じるたび、古い道は使われなくなり、そのまま忘れ去られることも少なくありません。

 今でいう現道に対してバイパスが開通していくのを繰り返すなかで、古代から現代まで、それぞれの時期に作られた道路がいまも残っている珍しい峠があります。それは静岡市と藤枝市の境にある「宇津ノ谷峠」です。

1本目:まずは飛鳥時代へタイムスリップ「蔦の細道」

 この峠を通るもっとも古い道は、飛鳥時代後期に拓かれたとされる「蔦の細道」です。

 蔦の細道は国道1号「新宇津ノ谷トンネル」の静岡市側坑口付近から山中に入り、標高を上げながら南に進み、標高210mのわずかな鞍部を抜けます。そして峠の南側を流れる木和田川が作る谷に向けて降りていきます。

 道中は険しい山道で、ところどころに木枠の階段や石畳が整備されています。ただ木々に覆われた日陰であることから、足元は滑りやすく、スニーカーでの峠越えはおすすめできません。できれば、滑りにくいトレッキングシューズを履き、登山用のストックを用意したほうが安心です。

2本目:バイパス「東海道」を拓いた天下人

 飛鳥時代の道は細く険しいことから、1590年に小田原攻めを進めた豊臣秀吉は、大軍をより容易に通せるように、蔦の細道よりも北側に道を拓きました。この道が江戸時代に東海道として整備され、峠の往来を支えることになります。

 この旧東海道は、静岡市側からは丸子川の上流に向かって緩やかな坂を進み、まず宇津ノ谷集落を通り抜けます。

 宇津ノ谷集落は「東海道五十三次」の「丸子宿」と「岡部宿」の途中の“間の宿(あいのしゅく)”で、峠をこれから越える、もしくは峠を越えた旅人が、ひと休みする場所として機能しました。その先は山道になりますが、峠の標高は170mと蔦の細道よりも低く、道幅にもゆとりがあります。

3本目:ついにトンネル開通!日本初の有料道路に

 時代が下って明治期になると、東海道を使った物資の輸送が盛んになります。峠道がボトルネックとなっていた宇津ノ谷峠でも、トンネル開削の機運が高まりました。この事業を手がけたのが、安倍川の橋を架けたことで知られる静岡市の政治家、宮崎総五と、杉山喜平治ら岡部町(現藤枝市)の有力者です。

 トンネルは東海道の峠部の直下に私費で掘られ、1876年に“日本初の有料トンネル”として開通します。

 このトンネルは、開通時期から現在では「明治トンネル」と呼ばれ、国史跡に指定されています。坑口こそ小ぶりですが、レンガづくりの堂々たる風情からは、歴史の重みが感じられます。

4本目:現在は県道になっている「大正トンネル」

 明治のトンネルで自動車の通行も可能になった宇津ノ谷峠ですが、トンネルの幅員が小さく大型車のすれ違いができないことから、1926年に新たなトンネル工事がはじまります。

 1930年に完成したこのトンネルは、着工の時期から「大正トンネル」と呼ばれています。現代のトンネルとの共通点も感じる横長の断面を採用、幅員は7.3mとなり、その後の長きにわたって国道1号の一部として、東海道の物流に貢献することになります。

 場所は明治トンネルのやや北側で、現在は「静岡県道208号」に指定されています。ただ2026年3月から災害復旧工事が行われており、自動車、歩行者ともに通行できません。2027年2月までを予定する工事が終われば、従来どおり、通り抜けができるようになります。

5本目:約70年前の「昭和トンネル」

 昭和の高度成長期に入ると、東海道の交通量はさらに増大します。宇津ノ谷峠を上がってからトンネルを抜ける従来のルートは、重い荷物を運ぶトラックにとって、大きなボトルネックとなります。

 その対策として1959年に作られたのが「宇津ノ谷トンネル」、通称「昭和トンネル」です。

 場所は蔦の細道と明治トンネルとのほぼ中間で、静岡市側、藤枝市側の谷あいを直結、延長844m(その後の改修で862m)です。幅員は7.3mで、開通時は片側1車線の対面交通となっていました。

6本目:そして現道 30年前の「新トンネル」

 そしてこの峠を貫く最新のトンネルが、1995年に開通した「新宇津ノ谷トンネル」、通称「平成トンネル」です。

 宇津ノ谷峠の交通環境は昭和トンネルで大きく改善され、さらに東名高速も開通しました。しかしその後も増大する交通量に対し、片側1車線の昭和トンネルだけでは不十分で、渋滞も頻発する状況となっていました。

 そこで昭和トンネルに並行する下り線用トンネルとして、この平成トンネルが開削されたのです。幅員は11.5mと十分で、自転車通行可の歩道も設置されています。

 平成トンネルの開通により、昭和トンネルは上り線用となり、歩行者の通行は禁止となりました。

 現在、宇津ノ谷峠は東名高速と新東名に挟まれてはいますが、それでも前後の国道1号のバイパスからつながる昭和と平成の2本のトンネルは、地域交通だけでなく、広域交通にも重要な役割を果たしています。

 ただ峠の上に目を向けると、そこにははるか1200年以上も前から、都を追われた貴族、諸国を回った仏僧、戦に馳せ参じた武士など、多くの人々が行き交った道が今も静かに存在しています。

 もし旅路の途中に静岡に立ち寄ることがあれば、その足でこの峠を上り、そうした先人たちの足跡に思いをはせてみてはいかがでしょうか。