東海道の難所「薩埵峠」。現在は「日本の大動脈」が集中する場所ですが、崩落の危険と隣り合わせです。絶景の裏で、交通を守る国家プロジェクトが進められています。
崖と波が迫る東海道“屈指の難所”
東京と大阪を結ぶ東海道は、律令時代の官道「駅路」にルーツを持つ道で、時代とともに整備が進み、江戸時代にほぼ現在の形になったと言われています。その道中には、険しい山、大きな川など、いくつもの難所がありました。そうした難所でもっとも有名なのは、歌にも唄われた箱根でしょう。
しかし、かつての東海道にはもう一つの険しい難所がありました。東海道五十三次の「由比宿」と「興津宿」の間にある「薩埵(さった)山」です。海へせり出した断崖絶壁で、かつては道がほとんどなく日本屈指の難所として知られた「親不知」(新潟県糸魚川市)と並び称されるような場所でした。
薩埵山は静岡県の内陸部の山々から続く峰で、海側は崖になり、そのまま駿河湾に落ち込んでいます。脆くて崩れやすい地盤に太平洋の荒波が直接当たるため、海岸線に自然の平地はなく、江戸時代初期まで、ここには波打ち際を通る「下道」と呼ばれる危険な道しかありませんでした。
1600年代中盤に山の中腹を通る「中道」が開削され、東海道はここを「薩埵峠」として通り、狭い山道ながらも安全な通行が可能になったのです。
時は下って1854年、「安政東海地震」により海岸が大きく隆起して新たな陸地が生まれ、由比と興津の往来の本流は海沿いに移ります。
さらにここへ1889年、鉄道(東海道本線)が敷かれ、薩埵峠の直下をトンネルで抜けるルートで開通します。そして自動車交通の時代になると、東海道本線に並行して「国道1号」が作られ、さらに1968年には「東名高速」も高架とトンネルでこの区間をつなぎます。
こうして江戸時代に細い山道だけでつながっていた難所は、日本の東西を結ぶ3本が通る頸動脈のような地へと変貌するのです。
ただ一方で、この崩れやすい薩埵山の地質が、直下の“チョークポイント”を走る東海道本線、国道1号、東名高速の安全を脅かす交通上の急所にもなっています。
ひとたび崩れれば…大動脈寸断の危機
1974年には「七夕豪雨」で東海道本線が6日間不通となります。2014年にも「台風18号」による土砂崩れで、東海道本線は10日間の運休を余儀なくされます。
また薩埵峠を通る旧東海道も、2022年に土砂崩れが発生、2025年1月まで長期の通行規制が行われていました。
もし薩埵山でこれまで以上の大規模な土砂災害が発生し、東海道本線、国道1号、東名高速を寸断するような事態になれば、鉄道貨物輸送からの転換も含め、物流を担うクルマのほとんどが「新東名」に集中、そのアクセス道路も含め、大きな影響が出ることは避けられません。
そのためここは、国家プロジェクトとして国土交通省が「由比地区直轄地すべり対策事業」を進めています。
総事業費597億円! 浮世絵の絶景のウラ側で進む巨大事業
地すべり対策事業は、山の地下水の滞留を防ぐため「集水井工」「排水トンネル」を設置し、「アンカー工」で法面を補強します。事業は2005年度に着手され、当初は2030年度までを期間としていましたが、2024年度の事業再評価により対策範囲が拡大したことなどから、期間は2037年度までに延長されています。
また総事業費も、資材の値上がりなど社会情勢の変化も含め、当初の約428億円から約597億円に増額されています。ひとつの治山工事としては巨額ですが、大きな災害で発生する損失を考えると、やむを得ないというべきでしょう。
さて8月中旬、この事業が進む薩埵峠を実際に訪れてみました。
クルマでのアクセスは由比駅側から旧東海道を辿るルート、興津駅側から東名高速と並行に東へ進み山に分け入るルートのふたつがあります。ただ前者は軽自動車のすれ違いもできない狭い区間が長く続くことから、おすすめできません。後者も道幅は広いとは言えませんが、ところどころに退避スペースがあります。今回は難易度が低めの後者を利用しました。
車道の最高地点では由比駅側から上がってきた旧東海道と合流し、その海側には、10台ほどの駐車スペースが用意されています。そのまま遊歩道となって興津駅側に下る旧東海道に沿って進むと、150mほどで「薩埵峠展望台」があります。
訪ねた日は天気に恵まれ、はるか遠くに夏富士、そして眼下に朝日を映す駿河湾と東海道本線、国道1号、東名高速を見渡すことができました。
歌川広重による有名な浮世絵「東海道五十三次・由比」には、崖に沿った道を歩く旅人と駿河湾に浮かぶ船、そして遠景に白い富士山が描かれていますが、その風景がほぼ同じまま、現在に残っているのです。
なお、峠に上がってくる道中では、前出の地すべり対策事業が施工中でした。早朝の訪問だったことから作業そのものは行われていませんでしたが、日中は時期によってこうした作業による通行制限も実施されているようです。
また峠の駐車場のスペースは限られていること、比較的道幅のある興津駅側からのアクセスであってもすれ違える場所が限られていることから、交通量が多い時間帯では峠までの到達や駐車に苦労しそうです。
しかもお昼から午後になると、気温の上昇で現れる雲が富士山を隠しがちになります。江戸の町人が広重の浮世絵を通じて見た景色を味わいたいのであれば、午前の早い時間の訪問がおすすめです。