被爆前の日常、鮮明に再現=「記憶の解凍」、写真カラー化―広島の庭田さん、映画制作も

人手不足とオフィス空室率の関係

 広島への原爆投下から81年が過ぎる中、広島市の庭田杏珠さん(24)は、被爆者らが残した白黒写真のカラー化作業を進めている。このほど、一連の取り組みをまとめた映画「記憶の解凍」を制作した。「昔も今と同じ温かな日常があった。それが戦争で奪われてしまうことを伝えたい」と力を込める。
 活動のきっかけは高校1年生の時だ。今の平和記念公園がある旧中島地区で育ち、両親と兄姉を原爆で失った浜井徳三さん=2023年に88歳で死去=と出会った。その頃、庭田さんは専門家が開くワークショップに参加したことが縁で、人工知能(AI)による着色技術を学んでいた。残された家族写真をカラー化してプレゼントすると浜井さんは喜び、思い出を生き生きと話してくれた。
 その後、同地区の元住民ら30人以上から話を聞き、一人ひとりの記憶に残る色を再現してきた。「当時の楽しかったことを少しでも思い出してほしい」。その思いを胸に対話を重視し、1回で5時間以上かけることもある。
 ただ活動を続ける中、そうした被爆者らが亡くなっていく現実にも直面した。記録の残し方を考えた時、方法の一つが映画だった。ドキュメンタリーで取り組みを伝えるとともに、子供たちにも見てもらうため、自ら描いたアニメーションを織りまぜた。カラー化した写真を見た人が涙を流し、鮮明に記憶を語り始める描写に加え、ストーリーも楽しめる構成に仕上げた。
 一方で、AIによる着色は推定で、事実の歪曲(わいきょく)や記憶の改変につながるとの懸念も指摘される。そうした声について庭田さんは「カラー化は事実を100%再現することが目的ではない。戦争体験者の記憶の色を残すことが一番重要だ」と強調する。「当時の資料も調べ、きちんと対話をしてから記憶の色を乗せている。そこは問題ではない」と話す。
 映画は広島市内で上映され、29日からは大阪市淀川区の第七芸術劇場でも公開される。9月以降は島根県益田市や名古屋市でも上映される予定で、庭田さんは「話してくれる人、カラー化した写真を見たい人がいる限り続けたい」と話している。 
〔写真説明〕「記憶の解凍」の取り組みについて、取材に応じる庭田杏珠さん=7月28日、広島市中区
〔写真説明〕カラー化した写真の前で映画「記憶の解凍」の取り組みについて話す庭田杏珠さん=7月28日、広島市中区