「お前が悪い」と厳しく指導=勝敗背負わせ、成長促す―3戦フル出場の伊藤洋輝選手の恩師・W杯サッカー

所得「1億円の壁」問題とは?

 サッカーのワールドカップ(W杯)で、1次リーグの3試合すべてにチームで唯一、フィールドプレーヤーでフル出場し、32強進出に貢献した伊藤洋輝選手(27)。小学生時代には、家族のような存在の指導者から重い責任を課せられ、厳しい指導を受けた。
 「点が取れなくても、点を取られてもお前が悪い」。地元・浜松のサッカー少年団監督だった磯部聡さん(58)は、伊藤選手が小学校4年生の途中からジュビロ磐田の下部組織に所属するまでの約2年半、指導にあたった。身体能力や技術、サッカーに向き合う姿勢はいずれもチーム内でずばぬけていたが、特に印象に残るのは仲間への態度という。
 伊藤選手は小5のころ、上級生にも臆せず「早く(ボールを)よこせ」「遅い」と強く要求した。翌年、最上級生になると矛先は同級生や下級生に向いた。「ミスした仲間を責めるな」。磯部さんは、高慢な態度を取らないよう厳しく叱った。チームの勝敗に責任を持つようにも指導。すると、元来の負けず嫌いぶりを発揮し、試合で「よく走った」。
 「『俺が指導者だからプロになれなかった』と言われるわけにはいかない」。磯部さんも覚悟を決め、自身を磨いた。指導者養成講座に通って技量を高め、日本サッカー協会の公認ライセンスを取得した。
 試合前日は、ユニホーム姿で寝るほどサッカーにのめり込んだという伊藤選手。集合時間前に「早く行こう」と磯部家を訪ねてきたこともある。磯部さんの息子が同じチームだった縁で家族ぐるみの付き合いとなり、小学校卒業後も「ただいま」と実家のように出入りし、リビングでくつろいでいたという。
 磯部家の家族でつくるLINEのグループチャットにも参加。新型コロナ禍で外出制限が掛かっても、「(所属チームに)実家登録してるから大丈夫」と平然と帰ってきた。
 「自分が評価されていないときや行き詰まっているときに、だいたい家に来る」と磯部さん。5年前にドイツに渡って以降、顔を見せる機会が減ったのは、充実した選手生活を送っている証しと受け止めている。 
〔写真説明〕伊藤洋輝選手(右)と磯部聡さん(磯部さん提供)
〔写真説明〕スウェーデン戦で競り合う伊藤洋輝選手(左)=25日、米ダラス
〔写真説明〕小学生時代の伊藤洋輝選手(左)と磯部聡さん(磯部さん提供)