カナダ軍の次世代戦闘機計画で、にわかに浮上したJAS39E「グリペンE」の名前。F-35を受け入れにくいカナダの雰囲気とは?
性能で比較すれば圧倒的にF-35有利だが…
カナダ空軍は現在、老朽化が進むCF-18「ホーネット」(F/A-18)の後継として、次世代戦闘機への更新計画を進めています。その本命と目されてきたのがF-35A「ライトニングII」です。
カナダはF-35の国際共同開発計画に発足当初から参画し、国内企業もサプライチェーンの一翼を担っています。このように、カナダにとってF-35は単純な輸入兵器ではなく、自国産業も巻き込んだ長期的な国家プロジェクトであり、CF-18後継の有力候補であることは長らく疑いようがありませんでした。
ところが近年、ここに意外な名前が浮上しています。スウェーデンのサーブ社が開発したJAS39E「グリペンE」です。
軍事的合理性だけで判断するならば、この選択には首をかしげざるを得ません。F-35と「グリペンE」は、本来は同じ土俵で競合する戦闘機とは言い難いからです。F-35はステルス性能と高度なセンサー融合能力を核とし、敵防空網の内部へ侵入して作戦を遂行することを前提として設計されてます。
一方の「グリペンE」は、高性能な電子機器と優れた運用コストを特徴とするものの、基本的にはそこそこの性能を持った軽戦闘機です。維持費の安さや高い稼働率という利点を持つ一方、純粋な能力比較ではF-35に及ばないというのが一般的な評価です。
「アメリカ以外」の象徴としての「グリペンE」
それにもかかわらず、なぜカナダは「グリペンE」の導入を真剣に検討しているのでしょうか。その背景には、近年急速に冷え込んだアメリカとの政治関係が存在しているようです。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は、かねてよりカナダに対し強硬な発言を繰り返してきたことで知られます。関税問題をめぐる批判のみならず、時には「カナダはアメリカの51番目の州になったほうがよい」といった過激な表現まで口にしています。もちろん、これを文字どおりの領土要求と解釈する必要はありません。しかし、国家主権を重んじるカナダ国民にとって、そのような発言が極めて不快なものであることは間違いないでしょう。
こうした背景から、カナダ社会では対米感情が著しく悪化しています。軍事分野においても、「安全保障の根幹を過度にアメリカへ依存してよいのか」という議論が以前にも増して活発になっています。そして、アメリカ以外の選択肢を模索する中で、自立の象徴として急浮上したのが「グリペンE」なのです。
外交関係の影響と無縁ではいられない兵器調達
もっとも、ここには大きな矛盾も存在しています。「グリペンE」はスウェーデン製戦闘機ではありますが、その中身を見れば完全にアメリカから独立した兵器とは言い難いところがあります。アメリカのゼネラル・エレクトリック製F414ジェットエンジンを搭載しており、各種兵装にもアメリカ製のシステムが多数組み込まれています。部品供給や兵器統合の面で、アメリカの輸出許可や協力を完全に排除することは不可能です。
さらに地理的現実も見逃せません。カナダは北極圏から大西洋、太平洋に至る広大な国土の防空をアメリカと共有し、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)を通じて防空体制を一体的に運用しています。たとえ戦闘機を「グリペンE」へ変更したとしても、安全保障上の対米依存から抜け出すことは事実上できません。
結局のところ、「グリペンE」への関心は軍事的能力や兵站上の合理性だけでは説明できません。そこには、アメリカへの過度な依存から距離を置きたいという政治的意思、あるいは対米不信を可視化するための象徴的な意味合いが色濃く投影されていると言えるでしょう。
戦闘機の選定は、性能諸元の比較によってのみ判断されることはありません。兵器調達は国家間関係を映し出す鏡でもあります。カナダが「グリペンE」に目を向けている事実は、一見すると不可解な選択に見えながら、その実、北米における同盟関係の微妙な亀裂と、同盟国に対する「信頼」という無形の資産を軽視するアメリカへのいら立ちが具現化したものとみることができます。