街中で目にする「点字ブロック」。実は、一人の日本人が、友を想う情熱で作り上げ、岡山から世界標準のインフラへと成長させた日本発祥の福祉設備です。その誕生から全国へ普及するまでの、知られざる感動的な軌跡を辿ります。
世界初は「岡山の交差点」! 一人の発明家が捧げた情熱
駅のホームや街中で当たり前に見かける黄色い点字ブロック。正式名称「視覚障害者誘導用ブロック」という、このデコボコした板は、視覚障害者の安全な歩行を支える、今やなくてはならないものとして全国各地に設置されています。
誕生は、今から60年以上前の1965(昭和40)年で、岡山の発明家・三宅精一氏によって考案されました。きっかけは、白杖をついて歩く友人の姿を見て「安全に歩ける目印を作りたい」と強く願ったことでした。
三宅氏は私財も投じながら試行錯誤を重ね、現在につながる点字ブロックの原型を生み出すと、1967年3月18日、現在の岡山市中区にある国道250号原尾島交差点付近に、世界で初めて敷設されました。
しかし、当時はその有用性がすぐには理解されず、設置費用も自己負担という厳しい状況が続きます。では、いったい無名の発明品がどのようにして「鉄道インフラの常識」へと登り詰めていったのでしょうか。
そこには、視覚障害者団体や教育関係者、行政、鉄道事業者による働きかけと、1960年代後半から長い年月をかけて続いた「命を守るための普及活動」がありました。
「安全」のスタンダードへ! 友情が生んだ黄色い輝き
大きな転機となったのは、設置から3年後の1970年、旧国鉄阪和線の我孫子町駅(大阪府)のホームに初めて採用されたことでした。
全国的な普及が本格化したのは1980年代に入ってからであり、1967年の初設置からおよそ20年を経て、点字ブロックは鉄道や道路、公共施設で広く導入されるようになりました。
その後、点字ブロックの効果が広く知られるにつれて全国の自治体や鉄道事業者で導入が進み、2001年には日本工業規格(JIS)で形状などが定められました。
そして2012年にはISO 23599として国際規格化され、現在では海外でも同様の視覚障害者誘導用ブロックが採用されるに至っています。
実は点字ブロックは、日本で生まれた数少ない「世界標準(ISO)になった福祉インフラ」のひとつでもあるのです。
「黄色」が採用されているのは、弱視の人が見やすく、周囲との区別がしやすい色とされているためです。三宅氏が友人のために灯した小さな希望が、半世紀以上の時を経て、地球上のあらゆる「道」を照らす共通言語となりました。
次に点字ブロックを見かけたら、「一人の発明家の執念と友情」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。