イスラエル軍が「十字軍の城」を占領! 1000年経っても“軍事的価値”が不変なことを証明 ただ歴史遺産の危機も

米国で進む二次元コード革命とは

レバノン南部の丘の上に立つ石造りの城塞。それは十字軍によって築かれたものでした。イスラエル軍はなぜ大昔の城を攻めたのでしょうか?

河川と断崖を利用した堅城

 2026年5月31日、レバノン南部を攻撃したイスラエル軍が占領したのは、なんと900年以上昔に建設された“中世の騎士の城”、ビューフォート城でした。

 この城を建設したのは、かつて東地中海沿岸にあったキリスト教国家、エルサレム王国です。1096年に開始されたキリスト教の聖地奪回運動である「第1回十字軍」の結果、ヨーロッパから遠征してきた騎士たちによって築かれました。ビューフォート城は、東側を流れる河川(リタニ川)と断崖を利用した天然の要害であり、周辺を見下ろす小高い丘の上に位置しています。そのため、その軍事的価値は現代においても変わっていないのです。

 2024年のイスラエル軍によるレバノン南部侵攻以降、不安定な状況が続いていたなか、5月下旬にイスラエル軍は再び大規模な攻撃を開始し、ビューフォート城も戦場となりました。イスラエル国境からわずか15kmに位置するこの城は、実は1980年代のレバノン内戦でも、軍事介入したイスラエル軍によって占領されています。その後、2000年にイスラエル軍は撤退しましたが、今回はそれから26年ぶりの占領となりました。

 戦火のなかで、城の遺構は大きなダメージを受けているようです。東地中海沿岸・シリア周辺地域には、ほかにも十字軍時代の貴重な城が現存していますが、近年の紛争の影響を大きく受けています。例えば、2011年に勃発したシリア内戦でも、同国の世界遺産であるクラック・デ・シュヴァリエ城やアレッポ城が戦場となり、深刻な被害を受けたことが報じられています。