東武スカイツリーライン「西新井駅」のホームにあった立ち食いラーメン店「西新井らーめん」が閉店しました。半世紀以上にわたる営業の歴史を振り返ると、現代では考えられないような驚きの食事スタイルがありました。
昭和時代は小銭で食べられたラーメン
東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の「西新井駅」のホームにあった立ち食いラーメン店「西新井らーめん」。東京で最後のホーム内立ち食いラーメン店だった同店は、2026年3月31日に惜しまれつつも閉店しました。創業は1969年で、この場所での営業は56年間にもなります。
半世紀以上のその営業期間中、鉄道と食の環境は大きく変化しており、このお店の歴史はある意味で時代の変化を見続けてきたともいえるでしょう。最終日に集まったお客さんたちや、この店を長年に渡って支えてきた店員の思い出話から、現在とは大きく異なった駅内立ち食いラーメンの姿を振り返って見ましょう。
「西新井らーめん」の前オーナーだった中村さんは、創業者の父親の代からこのラーメン店の営業に関わっていたそうです。当時と現在で一番の違いはやはり価格だったそうです。
「私が覚えている限りではラーメンの一番安かった値段は250円くらいだったと思います。そこから徐々に値上がりしていき、ワンコインということで500円という価格時期が一番長かったのですが、最終的な値段はラーメン1杯620円です」。
なお、1969年当時の100円は、現在の感覚ではおよそ330円前後にあたります。一方で、駅内飲食店では定番だった日本そばと比べると、ラーメンの方が調理の手間が多く、価格は常に高めだったといいます。
現在と違うのは価格だけでなく、その食べ方です。
西新井らーめんの店舗は3、4番線ホームの梅島駅側の階段下にあるのですが、以前は反対側の竹ノ塚駅側にあり、お店の前にはベンチもあったそうです。
そして、お客さんはカウンターでラーメンのドンブリを受け取ると、このベンチを利用して座り食いをする人もいたといいます。立ち食いといえば「カウンターで立って食べる」というのが現在のイメージですが、当時はドンブリを持ってホーム内で好きに食べる人も多かったようです。
電車が来ても食べ続ける
「昔はお店が混んでカウンターがいっぱいになると、ドンブリをもってそこら辺で立って食べるのが普通だったね。今日はこんなに混んでいる(注:閉店日の行列)けど、あの当時ならみんなサッサと食べて帰っちゃうと思う」(60代男性客)。
「私が子供の時に親にせがんで食べさせて貰ったことがあったんですが、カウンターに身長が届かないんで、店の前にあるイスをテーブル代りにして食べた記憶があります」(60代男性客)。
まるで縁日の屋台のようですが、これが昭和時代の立ち食いラーメンの飲食スタイルだったようです。
当時はさらにスゴイ、強者のお客さんもいたそうです。
「ラーメンを注文して、食べている途中に電車が来た場合、そのままドンブリを持ったまま電車に乗っちゃう人もいましたよ。電車の中でラーメンを食べて、空になったドンブリは目的地の駅に置いていきます。その駅にドンブリが貯まると、そこの駅員さんが店まで届けてくれました」(前オーナーの中村さん)。
現在とは時代が違うとはいえ、電車内でラーメンを食べるというのはさすがに驚きです。令和の現在だったら、衛生面やマナーの問題だけでなく、他の乗客からのクレームも発生しそうです。この大らかさは時代だけでなく、ホーム内の立ち食いラーメンというお店のスタイルにもあったのかもしれません。
「良くも悪くも、気軽に食べられるラーメンってことだと思いますよ。ホームの中にあって、立ち食いですぐに食べられる。ラーメン自体よりも、駅のホームって環境が主役のお店だったんでしょうね」(『西新井らーめん』店員)。
「立ち食い」、「ベンチ食い」、「電車中食い」とさまざまなスタイルを許容してきた「西新井らーめん」は閉店しましたが、西口徒歩2分の場所には三代目オーナーによって「西新井らーめん 駅前店」が営業しており、立ち食いラーメンの味を引き継ぎ、ラーメン1杯の値段も620円とお手頃価格です。
お店は深夜1時半まで営業しており、ホーム店にはなかった酒類や1品料理も提供しています。週末の夜になると、飲み会後の「締めのラーメン」を楽しむお客が多く来店していました。ラーメンそのものを食べるというよりも、夜の最後の余韻を楽しむために来ているようにも思えました。
気軽に食べられた立ち食いラーメン店、ホームから姿を消しても、そのお店の雰囲気は形を変えて今も残り続けているようです。