交通事故は双方に過失があると言われますが、それでも自分に非がない“過失ゼロ”の事故もあります。この時、10:0を主張すると損害保険会社が示談交渉を行わないことをご存知でしょうか。
「補償を受けられる方に、損害賠償責任がない場合」の意味とは
任意で加入する自動車保険でまず重視される補償内容は、対人と対物に関する補償でしょう。ほとんどのユーザーは無制限で補償される内容で契約し、もし事故が発生した場合には、当事者に代わって保険会社が示談交渉に応じてくれると安心しているはずです。
ある保険会社のパンフレットには、大きな文字でこう書かれています。
《示談交渉はお任せください!》
ところが、次のように「保険会社が関与しない」「示談交渉ができない場合」を明記しています。示談交渉は当事者が行うことが基本です。その交渉を引き受けることをアピールポイントとしながら、引き受けられる内ケースがあるとはどういうことなのでしょうか。この保険会社では下線をひいて示しています。
《補償を受けられる方に、損害賠償責任がない場合》
「補償を受けられる方」とは、自動車保険の契約者のことです。その契約者に損賠賠償責任がない=過失ゼロの交通事故のことです。この但し書きを読んだドライバーは、損害賠償責任がなければ自動車保険なんて不要だから当然、と考えるかもしれません。実例から考察します。
私は1ミリも悪くない!→自分の保険会社は撤退
2025年10月、60代女性が運転する乗用車が、名古屋市中区の矢印信号のある交差点で交通事故に遭遇しました。信号待ちで停車中、右折専用レーンから直進してきた車両が、進路変更禁止を示すオレンジ色の道路標示を越えて直進専用レーンに進入し、運転席側の側面に衝突しました。相手車両はそのまま走り続け、フロント部分で車体を削るように接触。女性の車両は全損となりました。
停車中に降りかかった理解できない運転に、女性は「私は1ミリも悪くない」と怒り心頭で、自らの過失ゼロを主張しました。すると、相談相手だと思っていた契約保険会社は、こう答えました。
「保険会社は過失のない事故では示談交渉ができません」
頼りの保険会社が交渉から退いたことで、女性はたった1人で相手方と交渉することになりました。「事故にあったことはお気の毒だが、何もできない」と話す保険会社でしたが、それでも女性は不安を感じませんでした。なぜなら、事故当時、相手方と相手方の保険会社も全面的な過失を認めていたからです。
女性は保険会社のパンフレット通りの《補償を受けられる方に、損害賠償責任がない場合》で、早期の決着ができると期待していました。
しかし、現実は全く違いました。女性は半年以上経過した今も自分で示談交渉を続けています。
相手は「前言を撤回」した…
なぜ女性は交渉に手間取っているのか、こう話します。
「当初、相手方の過失は10、私は0。相手方が私には過失がないと認めていたのですが、相手の男性は保険会社が出てこないと知った後に前言を撤回。私にも非があると言い出したのです。こっちは全損で、新車が納車される4か月間の代車代金も、相手は最初の1か月しか負担しませんでした。経費がどんどんかさんでいくのに、相手方の保険会社も含めてまったく応じる気配がない。最初に“この事故にあなたの過失はないと話していたのは何だったのかと」
確かにパンフレットや重要事項説明書には《損害賠償責任がない場合》の示談交渉はできないことは明記していますが、交渉から退くタイミングについて、保険会社と契約者の間には理解の大きなギャップがあります。契約者は保険契約時には事故当事者意識を持てないので楽観的に見過ごしがちですが、保険会社が示談交渉から退く時期はいつか。これがきっちり書かれていないのです。
過失ゼロになるかどうかは、当事者同士で示談が成立するまで確定しません。それでも保険会社が交渉から撤退すれば、あとは一人で相手(保険会社)と対峙するしかないのです。当事者は前言を撤回することもあります。相手方に過失ゼロを認めさせることは簡単ではありません。
こうした過失ゼロの事故を保険会社は説明書の中で「もらい事故」と称しています。過失割合ゼロの事故で示談交渉を行わないことについて、例えば、ソニー損保は次のように説明しています。
「保険会社が示談交渉をすると弁護士法(第72条 非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)に抵触する」
報酬を目的として自分と無関係の事故で法的紛争処理を行う行為は、弁護士法に抵触します。保険料収入を得ている保険会社が、保険金を支払うつもりがない紛争で交渉を行う行為も保険会社を問わず同列とみなされます。
実は、こうしたケースに備えて、自動車保険では「弁護士特約」を用意しているのです。弁護士はトラブルが予想される交渉を解決するために必要と思うかもしれませんが、むしろ過失ゼロの自動車事故でこそ、安心して示談を決着させるための“立会人”として、必要不可欠な存在なのかもしれません。
自動車保険でこの点を意識する契約者は少なく、当事者になって初めて知る運転者は多いのではないでしょうか。