東海道新幹線では、浜名湖を渡る際に一瞬、太平洋と湖の景色を眺めることができます。この絶景ポイントは、計画時から様々な経緯を経て誕生したものでした。
新幹線から数秒間だけ見える浜名湖
東海道新幹線は2026年3月のダイヤ改正で、「のぞみ」の本数が1時間あたり最大13本に増えました。より利便性の増した「のぞみ」は、新横浜~名古屋間をノンストップで運転しており、浜松~豊橋間では最大速度の285km/hに達します。静粛性の保たれた車内では、瞬く間もなく過ぎ去る車窓に見入る乗客はさほど多くはないですが、わずか数秒の間だけ浜名湖の青い湖と太平洋が望めます。東海道新幹線では唯一の、窓一面に海原が広がるビューポイントです。
東海道新幹線は浜松から西へ進むと、海に沿いながら浜名湖を渡ります。浜名湖に架かる橋は入り江にあり、車内からだとなんとなく橋梁を渡っていると感じる程度ですが、空から見ると入り江のわずかな場所に橋梁が架かっていることに気付かされます。
東京~新大阪間は大小様々な河川を渡り、唯一、湖を渡るのが浜名湖です。浜名湖は太平洋とつながる汽水湖で、面積は約65平方キロメートル。日本で10番目の広さを誇り、静岡県では一番大きな湖です。
浜名湖は海岸線とつながっているため、鉄道の行く手を阻みます。明治の頃、東海道本線は海岸線に沿い、湖と海岸線がつながるわずかな入り江部分に敷設されました。時代は下り、東海道新幹線を敷設する際も東海道本線をなぞるルートを選び、同じくわずかな入り江部分に線路が敷設され、「第一浜名橋梁」「第二浜名橋梁」、橋長約500mの「第三浜名橋梁」で浜名湖を渡ります。
東海道新幹線はなるべく直線的に建設されたものの、上空から見ると浜松駅から緩いカーブを繰り返し、東海道本線へ寄り添うと浜名湖へ至っています。計画当初は直線的に建設するため、袋井駅の南側から天竜川を渡って、浜松市内の南側を通る案でした。いっぽう新幹線開業前夜の浜松市内は、浜松駅と東海道本線によって街の南北が分断されていました。そのため地元では、新幹線駅を浜松駅へ設置して在来線共々高架化する案にすることで、市内の南北の往来が活発となり、さびれていた南側が活性化するという念願がありました。
そして、東海道新幹線の駅は浜松駅の南側に設置されました。ただし、計画では浜松駅から真っ直ぐ進んで佐鳴湖の南側を通り、浜名湖へ直線的に敷設できます。しかし、浜松駅周辺では用地買収が困難を極め、現在の曲線の多い線形となったのです。ルートがまとまったのは1961(昭和36)年10月のことで、開業まで3年という切羽詰まった状況でした。
結果的に浜名湖の入り江付近に線路が建設されることで、海原と湖を車窓から楽しめる刹那の絶景が味わえることとなりました。入り江には東海道本線の橋梁のすぐ北側に、明治時代に架橋された旧橋梁の橋台跡が等間隔に並んでいます。旧橋梁は1953(昭和28)年に現在の橋梁へと架け替えられたもので、東海道本線の北側に東海道新幹線の第三浜名橋梁が架かります。
一帯は汽水湖の特質を活かし、ノリやカキの養殖が盛んで、ウナギの産地でもあります。第三浜名橋梁の建設時は、限りなく水質汚染を起こさないよう配慮しながら架橋されました。
刹那の絶景は上空から狙っても一瞬です。しかし固定翼機(セスナ機)から空撮するため、上空での待機ができません。N700系車両の車体を見かけ、わずかなタイミングを逃さぬよう狙うと、N700系がまるで海を渡っているかのように見えます。東海道新幹線の車窓風景は富士山と言われますが、浜名湖も楽しめるのです。ほんの一瞬ですが、手元のスマートフォンから目を離して車窓を眺めると、ちょっとリフレッシュするかもしれませんね。