北海道のJR留萌本線 深川~石狩沼田間が2026年3月31日をもって廃止されました。翌4月1日からは代替バス「きたそライナー」が運行を開始。一夜にして激変した沿線の様子を追いました。
いよいよ運行開始 留萌本線の代替「きたそライナー」
2026年3月31日、JR北海道・留萌本線深川―石狩沼田間14.4kmが廃止され、115年余りの歴史に幕を閉じました。一夜明けた4月1日、新たな「足」となるバスの運行が始まりました。
3月31日の深川行き最終列車が発車した後、深夜から4月1日未明にかけて沿線では、待機していたJR保線工事関係者による駅施設の備品撤去や封鎖、すべての踏切の撤去および線路封鎖が行われました。深川駅近くの函館本線と留萌本線との分岐地点では、線路が切断され車止めを設置。これで物理的にも車両が侵入できない状態となり、本当の「廃線」が実施されました。
そのような状態で朝を迎えた新年度となる4月1日、旧石狩沼田駅近くの観光情報プラザ前では、午前5時50分から代替バスとなる「きたそライナー」の出発式が行われました。
一番便となる6時10分発深川駅前行きには、沼田町長ら関係者約10人が乗り込み定刻に出発、深川駅前に向かいました。新たに開設された「きたそライナー」は沼田観光情報センター(旧石狩沼田駅近く)から国道275号、道道282号を経由し、新設された秩父別(ちっぷべつ)町コミュニティープラザに停車後、国道233号にて深川駅前(一部は深川市立病院)まで29の停留所に停車。なお、朝の1便は通学生のために深川駅前には行かず、深川西高校へ直通します。
便数は沼田→深川方面が平日で10便、休日で7便、深川→沼田方面では平日9便、休日6便が設定され、朝・夜の数便は「速達便」としてほとんど通過し、快速性を重視した設定となりました。所要は速達便で約25分。各駅停車便では約35分かかります。旧留萌本線時代の所要時間は約20分でしたが、深川駅を含む旧駅前にはすべて経由しないルートとなっています。
また「きたそライナー」の運行には道北バス・空知中央バス・明日萌観光バスの3社が行っており、そのうち道北バスでは2両のバスを新規に導入。黄色をベースとした専用塗装が施されており、デザインは沼田町職員が手掛けたといいます。
よそ者にはハードルが高い「代替バス」廃線巡りには不向き
気になる運賃ですが、全線通しで乗車した場合は650円で、JR時代の360円の約1.8倍。通学定期に至っては1か月9790円だったのに対し、2万3400円と約2.4倍の負担になっています。
しかし、沿線自治体である沼田町は「がんばる高校生応援手当」・秩父別町では「高校生応援給付金」として、ともに通学高校生を対象に財政支援措置を講じています。今回のバス運行に際しては一部バス便に前述した高校への直行便や定期客専用便を設けるなど、留萌本線の廃止を延期する理由として挙げていた「通学の足確保」は確立できましたが、留萌本線を支えていた「観光客」には、運賃高騰や便の複雑さなど、なかなかハードルが高いものとなってしまいました。
ちなみに、途中停車駅であった秩父別町では、今回市街地に新設された秩父別コミュニティープラザに留萌(留萌十字街)発・深川駅前経由の旭川駅前行きバスが新たに1日5便停車することになりました。
「駅でなくなった」各駅の表情
一夜にして変貌した旧留萌本線各駅の様子を見に行くことに。深川駅は一見、普段と変わらない様子でしたが、駅内のホームにある駅標から次駅である「北一已(きたいちゃん)」が消え、きっぷ売り場頭上にある路線図から見事に留萌本線がなくなっていました。
深川駅舎の札幌側には、深川市が総事業費29億円あまりを投じ、生涯学習施設とバスターミナルを併設した大型施設「ふかふか」を目下建設中で、今年11月のオープンを予定しています。前述した、きたそライナーもここへ発着させる計画です。
次に向かった旧北一已駅は、1956年に廃駅となった深名線の宇津内駅舎を解体し再利用したとされる木造駅舎が残る駅です。駅看板やホームの駅標は撤去され、駅舎内は封鎖されていましたが、次から次と訪問者がやってくる状態で、この旧駅への関心が伺えました。
なお、北一已駅舎の保存の話はないようです。2023年の部分廃止から1年後に積雪で倒壊した旧峠下駅(留萌市)の事案もあるため、おそらく早い段階での解体が予想されます。
次の旧秩父別駅も同様の措置がなされ、こちらも保存の話は聞きません。また、駅前にあるログハウス調の公衆トイレは、使命が終わったことで、撤去が決まっていると地元の人はいいます。
旧駅舎の活用に期待の駅も! 3年前廃止区間は「ほぼそのまま!?」
次の旧北秩父別は「秘境駅」としてその名が知られていた、1両ぶんにも満たない板張りのホームをもつ駅です。こちらも駅標は撤去され、板張りの一部は剥がされていました。以前は掘っ立て小屋の木造待合室も立っていた同駅でしたが、木造待合室は2022年6月に基礎部分が傾き、老朽化を理由に取り壊されました。その後に町が待合室を設置したものの、近く撤去が決まっているそうです。
そして終着駅となっていた旧石狩沼田駅へ向かいます。駅舎は1972年6月の札沼線新十津川-石狩沼田間の廃止から4か月後、1972年11月に改築されたものです。留萌本線の廃止で沼田町から全ての鉄道がなくなりました。
当の駅舎は今後「町の駅」として整備される予定で、本来撤去されるはずの駅看板も廃止当日、最終列車発車後に「JR」の看板のみが外されるにとどめていました(駅標も撤去)。沼田町は、1889年製で1962年まで石炭貨車をけん引していた日本最古参の小型蒸気機関車クラウス15号も保存しています。旧駅舎を含むこれら鉄道遺産を有効に活用してもらいたいと筆者は期待しています。
旧石狩沼田駅の到着が、ちょうどお昼を回ったところだったので、路線名ともなっていた留萌へと足を延ばしてみます。留萌―石狩沼田間は3年前、2023年3月で廃線となりました。当時存在していた6つの旧駅も再訪してみました。
前述した旧峠下駅は倒壊後に取り壊されてしまいましたが、その他の旧真布、恵比島、幌糠、藤山、大和田駅舎は駅看板および駅標は撤去されていたものの、木造駅舎や緩急車改造の簡易待合室はそのまま残されていました。また、バイパス道路の敷設で早々に取り壊しが噂されていた旧留萌駅も、1967年改築の“ザ・国鉄建築”と呼ばれた武骨なコンクリート駅舎がほぼ放置状態で現存していました。
ちなみに、2016年に廃止された増毛―留萌間の駅舎は、観光施設として残りましたが、旧増毛駅以外の7つの旧駅(瀬越・礼受・阿分・信砂・舎熊・朱文別・箸別)は、跡形もなく更地となっていました。
廃止後の駅舎の処遇は、各自治体によって様々です。かつて留萌駅の名物“駅そば”で、廃止後に道の駅るもいへ移転オープンした「むさし家」のにしんそばをすすりながら、今後の動きにまだまだ目が離せないと感じた筆者でした。