さよなら艦首の“滑車”! 昭和生まれの自衛艦「わかさ」退役 対潜戦を陰で支えた40年の軌跡

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1986年に就役した海上自衛隊の海洋観測艦「わかさ」が、40年にわたる任務を終え自衛艦旗を返納しました。海底地形や潮流を調べ、日本の対潜水艦作戦を陰で支え続けた“昭和のベテラン艦”の足跡を振り返ります。

航行距離は地球34周分! 海自の対潜戦を陰で支えた「わかさ」の40年

「これまで燦然(さんぜん)と輝いていた自衛艦旗が、乗組員の手によって静かに降ろされ、地球34周分にも及ぶ総行程約74万海里と総航海時数約8万5000時間に及ぶ海洋観測艦としての任務を全うし、幾多の功績に彩られた生涯を閉じることとなった」

 2026年3月19日、海上自衛隊の海洋観測艦「わかさ」の自衛艦旗返納式で、横須賀地方総監の八木浩二海将はそう述べました。

「わかさ」は、ふたみ型海洋観測艦の2番艦です。建造ヤードは日立造船舞鶴工場(現・JMU舞鶴事業所)。竣工は1986年(昭和61年)2月で、海上自衛隊では数少なくなった昭和の艦でした。

 基準排水量は2050トンで、全長は97m、幅は15m。乗員数は105人です。三菱重工業下関造船所で建造された1番艦の「ふたみ」が竣工したのが1979(昭和54)年2月と、同型艦でありながら7年の開きがあったため、「わかさ」では乗員数の増加など、さまざまな点で性能向上が図られていました。

「(『わかさ』は)横須賀に所在する海洋業務群に編入され、平成27年(2015年)12月1日の部隊改編に伴い、海洋業務・対潜支援群第1海洋観測隊に編入された」(八木総監)

 現在の海洋業務・対潜支援群の前身となる「海洋業務群」が新編されたのは1980(昭和55)年3月のこと。当時、日本にとって大きな脅威となっていたのは、ソ連の原子力潜水艦です。

 潜水艦自体の静粛性が増し、対潜水艦作戦に使用する武器の高性能化や戦術が進歩していく一方で、海洋環境に関する情報は商船・漁船などの航行安全や海洋資源の開発が中心でした。そのため、自衛隊が担う国防上の観点での直接利用は事実上不可能だったのです。

 このため、海上自衛隊の艦艇・航空機が集めた海洋観測データの分析を、科学的な裏付けをもって行うとともに、複数の海洋観測艦と敷設艦を運用する専任の部隊が求められていました。

艦首の巨大な「滑車」は何のため? 特徴的なルックスの理由

 昭和末期に、期待の新造艦として海洋業務群に配備された「わかさ」は、海上自衛隊が行う海洋観測における主力艦の1隻として、水温や海底地形、塩分濃度、潮流などの観測・調査を行い、対潜戦などで活用される資料を長年にわたって収集してきました。

 八木総監は「わかさ」について、「我が国の防衛に必要不可欠な日本周辺海域における作戦環境を解明するため、数多くの海洋観測任務に従事した」と述べ、「40年の長きにわたりその実力をいかんなく発揮し、海上自衛隊の対潜能力向上への寄与を通じ、日米同盟の深化にも大きく貢献してくれた」と称えています。

 ふたみ型の外観上の特徴は、艦首にケーブルを繰り出すシーブ(滑車)とガントリークレーンが設けられている点でしょう。同様のものは、1970年代の建造船では日本電信電話公社(現・NTT)の「黒潮丸」(3345総トン)や海上自衛隊の敷設艦「むろと(初代)」(4500トン)が同じようなシルエットで登場しています。

 また、平成に入ってからも国際ケーブルシップの「KDDIオーシャンリンク」(9510総トン)や、海洋観測艦「にちなん」(3350トン)が同様のバウ・シーブ型の船型を採用しました。

「わかさ」が使用する音響観測用のケーブルは艦橋の下にあるケーブル・タンクに格納されており、前方の巻き上げ機とバウ・シーブを通じて投入・揚収を行います。また、荒天や非常事態が発生した時に切れたケーブルを繋ぐためのブイも甲板に置かれていました。

海底を探るマニアックな装備群 そして消えゆく「昭和の自衛艦」

 海洋観測が任務の「わかさ」は、バシー・サーモグラフ(BT)、電磁海流計(GEK)、柱状採泥器(コア・サンプラー)、シベック採泥器といった機器も載せており、これらを水中に投入するためのギャロウスや巻揚げ機が後部甲板には設けられています。

 加えて、艦底にはマルチビーム精密音響測深儀を装備。任務に応じてさまざまな観測機器を搭載するための復原性能を確保する海水バラストタンクや、外洋における低速作業を考慮した減揺タンク、船位を保持するためのバウスラスターも備えています。長期間行動するため、高い居住性を持っているのも、「わかさ」の特長と言えるでしょう。

 その「わかさ」も、新型の海洋観測艦「あかし」(3500トン)の就役に伴って、引退する日がやってきました。「あかし」と「しょうなん」(2950トン)は建造費の圧縮を図るためバウ・シーブが廃止されており、外観だけ見ても一つの時代が終わりつつあることがわかります。

「わかさ」艦長の佐々木 勝2等海佐は、「海洋観測は、我が国周辺海域の海洋特性を把握することにより、護衛艦や潜水艦、哨戒機などの活動を支える重要な任務。昭和、平成そして令和と、3つの時代にわたり任務を全うできたのは、歴代艦長をはじめ、歴代乗員の努力の賜物だ。『わかさ』の名が皆さんの心にいつまでも残ることを祈念したい」と別れの言葉を述べていました。

 ちなみに、「わかさ」の自衛艦旗返納式から4日後の3月23日には、昭和生まれの護衛艦として最後まで現役だった「あさぎり」が除籍されています。

 残る昭和生まれの自衛艦は、練習艦「しまかぜ」(1988年3月23日就役)と、補給艦「とわだ」(1987年3月24日就役)の2隻のみ。そうした観点からも昭和はだいぶ遠くなっていると言えるでしょう。