290mm巨大砲をブッ放せ!最前線で味方を救った「裏方の戦闘車」世界初は “奇想天外兵器だい好き”の国

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敵弾が降り注ぐ最前線で障害物除去などを命がけで行う戦闘工兵。彼らの犠牲を減らすめ、イギリスが生み出した世界初の戦闘工兵車が「チャーチルAVRE」です。290mmの巨大砲と変身ロボみたいな特殊装備を持つ“異形の戦車”に迫ります。

敵前上陸の悲劇から誕生した「工兵のための戦車」

 敵の弾雨をかいくぐって戦う兵科の代表は歩兵と思われがちですが、より厳しい戦いを強いられるのが戦闘工兵です。歩兵は敵の攻撃に対して反撃できますが、最前線で何らかの作業に従事する戦闘工兵は、手に工具を持ったり、背中に資材を背負っていたりするため、敵からの攻撃に対する反撃力で著しく劣ります。

 加えて、地雷や障害物除去をはじめとした最前線での作業中は、身を守るすべがなく、敵から撃たれるがままになることが多々あります。

 こうした戦闘工兵の欠点を改善しようと誕生したのが戦闘工兵車です。その先駆けとなったのが、イギリス陸軍工兵隊が開発した「チャーチルAVRE」でした。いったい本車の何がすごかったのでしょうか。

 イギリス陸軍が、この種の戦闘工兵車を開発するきっかけとなったのが、第2次世界大戦中の1942年8月に実施したフランス・ディエップへの強襲上陸でした。「ジュビリー」と名付けられたこの作戦では、防御するドイツ軍からの激しい砲火によって戦闘工兵が思うように活動できず、それが上陸作戦の失敗の遠因となってしまいました。苦労して上陸に成功した戦車が、海岸堡を離れて内陸へと進撃できず、戦果を拡大できなかったのです。

 この作戦での主力はカナダ陸軍でしたが、作戦失敗後、同軍の工兵幹部J.J.デノヴァン中尉が、世界初のアイデアを提案します。それは、既存の戦車を工兵用の車両に改造して、敵の弾雨の中でも円滑に作業ができるようにしてはどうかというものでした。

 当時、すでに敵であるドイツ・イタリア支配地域への侵攻を計画していたイギリスは、大規模な敵前上陸は避けて通れないと考えており、過去の戦訓もあって、この「世界初の工兵用作業車」の開発に、速やかに着手します。

なぜ「290mm巨大砲」を載せたのか?

 ベースとなる戦車は、アメリカ製のM4「シャーマン」中戦車、このM4系の中戦車をカナダで生産した「ラム」巡航戦車、そして自国製の「チャーチル」歩兵戦車を候補に挙げていました。

 これら3車のなかで、速度はいちばん遅いものの、装甲が最も厚く傾斜面の登坂能力に優れ、工兵資材を積むための車内スペースも3車種中最大。加えて、車体側面の両側に、便利な出入り用の大型ドアが設けられている「チャーチル」が最適と判断されます。

 こうして、世界初の戦闘工兵車である「チャーチルAVRE」が誕生したのです。ちなみに、略称のAVREは、当初は「Assault Vehicle Royal Engineers(王立工兵隊突撃車)」の略とされていましたが、のちに「Armoured Vehicle Royal Engineers(王立工兵隊装甲車)」の略に改められました。

 改造のベースは、溶接砲塔を備えた「チャーチル」Mk.IIIと鋳造砲塔を備えた同Mk.IVで、ふたつの大きな特徴を備えていました。

 ひとつが大口径の破壊砲です。チャーチルAVREは、砲塔に障害物の破壊を目的とした290mmという大口径の前装式迫撃砲「ペタード」を備えていました。この砲は、迫撃砲なので昔の大砲のように砲口から砲弾を装填します。

 なぜ原型が装備する6ポンド砲(57mm砲)ではなく、このような特殊な大口径砲に換装されたのかというと、敵陣に造られた頑丈な掩蔽壕やトーチカに、大量の炸薬が充填されている巨弾を撃ち込み、破壊するためです。敵と撃ち合うのではなく、前述したような強固な構造物を破壊するのが目的だったため、有効射距離は約100mと短かったものの、その性能は必要十分なものでした。

 以前は、このような破壊任務は「生身の戦闘工兵」が命がけで爆薬を抱えて肉薄攻撃を仕掛けていたので、大きな進歩でした。

アタッチメントで七変化! 最前線で「変身ロボ」化する戦車

 もうひとつの大きな特徴は、戦闘工兵の作業量と人的被害の低減を考慮して、車体前面と側面に、各種のアタッチメントが装着できるブラケットが造り付けられたことです。このアタッチメントは、用途に合わせて多種多様なものが造られ、チャーチルAVREはその都度、必要なアタッチメントを、まるで「変身ロボ」のように付け替えて対応できました。これは、過去の工兵車両には例がなく、画期的だったといえるでしょう。

 アタッチメントは、爆破作業用のもの、地雷原処理用のもの、泥濘地踏破用のカーペットを敷くためのもの、塹壕や対戦車壕に仮設橋を架けるためのものなど、さまざまな作業に合わせて各種が造られましたが、どれもブラケットを介してチャーチルAVREに取り付けられました。その結果、生身の戦闘工兵が命がけで行う作業を、大幅に減らすことができるようになりました。

 こうして生まれた画期的な工兵車両「チャーチルAVRE」は、1944年6月のノルマンディー上陸作戦から実戦投入され、前線では期待どおり戦闘工兵が求められるさまざまな局面で、「生身の人間」の犠牲を大幅に減らして作業を遂行するという実績を出しました。

 イギリス陸軍が生み出した「世界初の戦闘工兵車」は大成功を収めたのです。これを受けてイギリス陸軍は戦後、後継車として「チャーチルMk.VII」戦車をベースとした「チャーチルMk.VII AVRE」、さらに「センチュリオン」戦車の派生型である「センチュリオンAVRE」も造られました。

 しかし、これに続く「チーフテン」戦車の派生型である戦闘工兵車「チーフテンAVRE」ではコストの問題から砲塔がなくなり、破壊砲が搭載されなくなっています。また続く「チャレンジャー2」戦車ベースの「トロージャンAVRE」は、多用途性を求めて、車体上部にショベルアームを備えるようになったので、これまた砲塔は装備していません。

 結果、世界初の戦闘工兵車「チャーチルAVRE」の特徴的な、短砲身の大口径砲(巨大な短鼻)を備えたスタイルは姿を消しています。