東京から撃てばどこまで届く!? 戦艦「大和」の世界最大の主砲が“幻のスペック”に終わった理由

海と陸 日本にある2つの鉱山とは

史上最大の戦艦「大和」。その主砲から放たれる弾丸は、1発で乗用車1台分もの重さがあり、射程は40kmを超えたそう。東京から横浜まで届くほどの破壊力と、それを支えた日本の技術の正体とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

砲弾1発は「車1台分」 東京から横浜まで届く驚異の射程の正体

かつて日本が建造した史上最大の戦艦「大和」と「武蔵」。その最大の特徴に挙げられるのが、戦艦の主砲として世界最大級の口径を誇る「45口径46cm砲」を搭載した点でしょう。この巨砲から放たれる弾丸は、1発の重さが約1.4~1.5tにもなるとされています。

 約1.5tといえば、現代の一般的な乗用車1台分に相当する重さです。それほど巨大な鉄の塊を、大和は最大で約42km先まで飛ばす能力を持っていました。

 この距離を身近な例に当てはめると、東京駅から横浜駅までの直線距離(約30km弱)を軽々と飛び越え、さらにその先の鎌倉あたりにまで届くほどのスケールです。

 なぜこれほどまでに巨大で、遠くまで届く大砲が必要だったのでしょうか。それは、当時ライバルであった他国の戦艦よりも長い射程を持ち、相手の弾が届かない遠く(アウトレンジ)から攻撃することを意識したためだとされています。

 分厚い鉄板で守られた敵艦を打ち破るには、この「重さ」と「飛距離」が不可欠な要素だったのです。

 しかし、40km以上も先を狙うのは簡単なことではありません。地球は丸いため、それほど遠くにいる敵の姿は水平線の向こう側に隠れてしまい、船の上からは直接目視することができないからです。

 この「見えない敵」を狙い撃つために、当時の日本が誇る最新技術が集結していました。まず、敵との距離を測るために欠かせなかったのが、日本光学工業(現・ニコン)が製造した「15m測距儀(十五米二重測距儀)」です。

 これは光学系を用いた巨大な装置で、主砲の射程をカバーするために40km先の目標までの測定を可能にしていました。ただ、これはあくまでも理論上の数値です。これだけの遠距離となると、目標は水平線の向こう側に位置するため、直接捉えることはできません。そのため、この測距儀が最大砲戦距離において能力を完全に発揮することはなかったと思われます。

 従って、超遠距離射撃においては「零式水上観測機」などの航空機を敵艦隊上空へと飛ばして弾着観測を実施し、その結果を射撃の修正に活用することで命中精度を上げる方法が前提とされていました。

 しかし、実戦において「大和」「武蔵」が敵の戦艦に対してその射程を活かした砲撃戦を挑む機会は、ついに訪れませんでした。そのため、42kmという途方もない射程も、結局は幻の“カタログスペック”でしかなかったといえるでしょう。