かまぼこ店、復興支援に奔走=変わりゆく町「見てられない」―宮城県女川町で90年の「高政」・東日本大震災15年

宇宙スタートアップ 上場企業も

 東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた宮城県女川町で震災直後、避難所にできたての商品を無償で配り、その後も地域経済の再建に奔走したかまぼこ店がある。地元で創業し、約90年の歴史がある老舗の「高政」。4代目社長の高橋正樹さん(51)は地震と津波、人口流出で変わりゆく町の姿に心を痛め、「黙って見ていられない」との思いで復興を後押ししてきた。
 大きな津波に襲われた女川の経済のダメージは壊滅的だった。産業を支える水産加工業者の工場はほぼ使えなくなった。高台にあり津波被害を免れた高政も天井が落ち工場のラインが止まった。
 高政はくじけなかった。「自分たちにできることは何か」(高橋さん)。工場に残っていたかまぼこ約7万枚を被災者に配って回った。緊急電源車両が来て電気が通ると、揚げかまぼこを何度も作り、熱々のうちに女川町や石巻市、東松島市の避難所に届けた。その数約20万枚。「温かい食べ物が足りておらず、喜ばれた」と振り返る。
 「高政が復興をしないと町の復興も遅れる」。自社の再建と雇用確保が最優先と考え、工場が動かない間も約100人の従業員に満額の給与を払い続けた。2011年4月、新入社員約30人を予定通り受け入れた。震災前から計画していた新工場も9月に稼働。その後も従業員を増やし、最終的に約200人とした。
 震災後、雇用を倍増させたのには理由がある。「社員1人が家族3人を養えれば、600人の生活を救うことになると思った」と高橋さんは語る。
 当時、「被災地の産品を食べて支援をする」という機運が全国で高まっていたが、経済が壊滅した女川で、その恩恵を受けられる企業はほとんどなかった。高政は、操業再開できた数少ない企業の一つとして、注文で得た利益を地元再建に充てると決めた。
 ある会社の事業再開時には、掃除や殺菌に使う高圧洗浄機を購入して寄付した。百貨店とのかまぼこの商談時に、別の会社が扱う干物や昆布巻きを売り込んだこともあった。こうして経営を支援した会社は11年からの約3年で8社に上るという。
 高橋さんは震災を経験し、「当たり前だと思っていた日々の暮らしがいかに貴かったかを知った」と語る。「あの日」から15年。社員一丸で再建に取り組んだ高政の売上高は約19億円から約30億円へと成長した。町の人口は約半分に減少したが、「地元に寄り添う企業でありたい」。これからもかまぼこを通じて町の魅力を伝え続けていく。 
〔写真説明〕取材に応じるかまぼこ店「高政」の高橋正樹社長=2025年12月2日、宮城県女川町