1990年代のバイクシーンを語る上で欠かせないのがヤマハ「TW200」です。道なき道を走破するアドベンチャーバイクとして登場しましたが、後に若者たちのファッションアイテムとして大ヒットしました。
「トラッカーカスタムのモデル」「キムタクが乗った」が大ヒットの理由?
1990年代のバイクシーンを振り返る際、避けて通れないヒットバイクがあります。それが、リアにブっといバルーンタイヤを履いたヤマハのTW200です。
1987年に初代が発売されたモデルで、発売当初は「道なき道を走破するアドベンチャーバイク」というコンセプトでの登場でした。実際、冒険家がこのTW200にまたがり、北極点に到達した事例もあり実にタフなバイクでしたが、初代発売から数年は、マイナー車種扱いだったことも否めません。
しかし90年代半ば、この個性的すぎるTW200が思わぬカタチで大ヒットします。それまでバイクに無縁だった若者たちまでもがTW200にまたがりはじめ、「ティーダブ」「ティーダバー」といった言葉まで生まれる事態に至りました。
TW200が当初のコンセプトを飛び越え大ヒットに至った要因は主に二つあります。
一つは、90年代中盤、一部カスタムショップがTW200をベースに、ダートトラッカー風カスタムを施して注目を浴びたことにあります。バッテリーレスなどを施し、サイドカバーやエアクリーナーボックスなどをあえて取り外し車体をスカスカに見せる手法は、のちに「スカチューン」なる言葉を生み出し、他のモデルのカスタムにも派生しました。
もう一つが、この大ヒットを受け、2000年放送のドラマ『Beautiful Life 〜ふたりでいた日々〜』で木村拓哉さんがTW200にまたがったこと。芸能界きってのファッションリーダーの愛車とあり、TW200はファッション的な支持を得るに至りました。当のヤマハにとっては、全く想像していなかった現象だったことでしょう。
初代TW200は、ブーム以前の1993年モデルまでモトクロッサー的なグラフィックを踏襲していました。しかし、ブーム以降はカスタムに適合させるかのように、単色で渋めのグラフィックに変更します。
1998年発売のマイナーチェンジモデル「TW200E」では、あえてクラシカル感を打ち出すためか、角目から丸目へと変更となり、ウインカーも小型化されました。
しばし、初代のTW200と、1998年発売のTW200Eが併売されながらも、2000年発売のモデルでは、完全に角目モデルが廃止となり、丸目のTW200Eに一本化されました。この2000年モデルはフロントがディスクブレーキ化されたり、ロード向けタイヤに変更されたりと、明らかに当初のコンセプトから離れ、市場ニーズに寄せたモデルに変わっていきました。
ライバルに“ほんのちょっとだけ排気量アップ”で対抗!?
しかし、この2000年には、中古車市場でTW200と人気を二分していたホンダのダートトラックモデル・FTRが、FTR223(223cc)として復活。TW200Eの人気を脅かす存在になりました。
このFTR223の登場を受けてか、ヤマハは2002年にTW225へとモデルチェンジ。FTR223に対し、2cc大きい225ccという点で、ユーザーを獲得しようという思惑を感じます。
しかし、2006(平成18)年の排出ガス規制に適合させることなく、2007年モデルのTW225を最後に生産終了に至ります。20年というロングセラーモデルであり、90年代のバイクブームを牽引した「類まれなる名車」と呼ぶに相応しいと思います。
また、日本での生産終了後も、北米・欧州では以降も人気が続き、2025年には北米向けの「2026年モデル」が発表されました。フロントのディスクブレーキなどを採用しながらも、角目・バルーンタイヤなど、ほとんど初代TW200のようなルックスのモデルでした。
ここまでを振り返ると、90年代に思わぬカタチでヒットしたTW200が今、北米で「本来のモデル」としての評価を得ている、という状況です。
ここ数年のホンダのアイコニックモデル、ハンターカブ、ダックス、モンキーなどと同様に、「初代そのまま」の格好でTW200が復活すれば、改めて「本来のモデル」の素晴らしさが評価されるだろう、と思うのは筆者だけでしょうか。