「自白」評価、揺れた司法=有罪確定から四半世紀―生存中の再審ならず・日野町事件

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 日野町事件を巡っては、当初から阪原弘さんの犯行を示す直接の物的証拠はなかったが、裁判所は間接事実などから強盗殺人罪の成立を認定した。「自白」の評価は一、二審で正反対となるなど、揺れ動いた。発生から41年超、有罪確定から四半世紀を経て再審開始が決まったが、生存中の実現はかなわなかった。
 滋賀県警は1985年9月、被害者が経営する酒店の常連客だった阪原さんを任意同行した。事件への関与を否定し、逮捕は見送られたが、県警は88年3月に再び厳しく追及。阪原さんが「自白」し、逮捕に踏み切った。
 公判では一転して無実主張を貫いたが、大津地裁は有罪を言い渡した。ただ、自白の内容には変遷や不自然な点があるなどとし、「事実認定ができるほど信用性が高いとは言えない」と指摘。店内で阪原さんの指紋が検出されたことなどの間接事実を基に罪を認定した。
 一方、控訴審で大阪高裁は、自白について「根幹部分は十分信用できる」と判断。一審が重視した間接事実は「それだけで犯人と認める根拠とはならない」としつつ、自白内容も含めて評価することで有罪の結論を導いた。最高裁は2000年9月に上告を棄却し、無期懲役が確定した。
 第1次再審請求で、大津地裁は06年3月、「自白にはいくつかの疑問点があるが、核心部分を揺るがすほどではない」などとして請求を棄却した。第2次再審請求では、弁護側が求めた証拠開示の結果、阪原さんが警察官を金庫発見場所へ案内する際に撮影したとされていた写真が、実際は帰り道だった事実が判明。同地裁は自白の信用性を否定し、再審開始を決めた。
 伊賀興一弁護団長は「自白の信用性に当初から疑いがあったことは明らかだ。有罪を確定させ、長期にわたり見直さなかった司法の在り方について、検証が必要だ」と指摘している。 
〔写真説明〕阪原弘さんの墓に手を合わせる長男弘次さん(奥)と長女美和子さん=2023年3月1日、滋賀県日野町