「落ち葉がひどいので特別ダイヤにします」なぜ都市の地下鉄まで!? 原因は自分たちで植えたジャングル 900万人都市を支えるなんとも壮大な“覚悟”

列車にとって、秋の落ち葉は遅延や運休を招く「自然災害」といえます。そのため一部の鉄道運行事業者は「落ち葉ダイヤ」を導入していますが、大都市ロンドンの近郊でも同様です。

首都圏でも落ち葉の被害

 ビートルズの4人が熱狂的なファンに追いかけられて駅に駆け込み、電車に乗り込む――初主演映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(英題:A Hard Day’s Night)』の有名な冒頭のシーンの撮影地となったのが、ロンドン中心部のメリルボーン駅です。

 同駅を起点に北へと走る列車を運行しているチルターン鉄道(Chiltern Railways)が、秋の特別ダイヤを発表しました。その名も「落ち葉ダイヤ(Leaf Fall Timetable)」です。

 チルターン鉄道は、例年9月末から1月中旬くらいまで落ち葉ダイヤで運行しています。落ち葉は鉄道にとって大変な「自然災害」といえます。

 雨や霜、霧などの水分を含んでレールに張り付いた葉っぱの上を列車が通過すると、列車の熱と重みで葉っぱに含まれるタンニンとレールの鉄が化学反応を起こして結合し、線路上がいわばアイスバーンのようなツルツルの状態になるのです。

 これにより上り勾配では車輪が空転して加速がしにくくなったり、反対に下り勾配ではブレーキが利かなくなって制御しにくくなったりします。事故を防ぐために速度を落として運行しなくてはならず、遅延や運休につながります。

 落ち葉が原因で遅延が発生することはありますが、ダイヤを正式に変更するまでに至るのには英国ならではの事情がありました。

 イギリスでは基本的に、線路などのインフラ管理と列車の運行を別会社が担う「上下分離方式」を採用しているため、チルターン鉄道はロンドン郊外の地上を走る区間で、ロンドン地下鉄のメトロポリタン線と線路を共有しています。二つの異なる鉄道運行会社が同じ線路を使うわけですから、チルターン鉄道の遅延はメトロポリタン線の遅延にもつながってしまいます。そこで、メトロポリタン線に迷惑をかけないように落ち葉ダイヤを実施するのです。

 裏を返すと、チルターン鉄道と運命共同体の地下鉄メトロポリタン線も、同じ期間にチルターン鉄道と歩調を合わせた落ち葉ダイヤを採用しています。

 日本でも、岩手県の山間部を走るJR東日本の山田線が2025年10月6日から11月21日まで、落ち葉の影響による一部運休を発表しました。ところが、英国では山間部だけでなく、首都ロンドンから発着する列車でさえも落ち葉の影響を受けているわけです。

 チルターン鉄道とメトロポリタン線以外にも、ロンドン地下鉄のいくつかの線や、ロンドンのターミナル駅の一つであるウォータールー駅を起点としているサウスウェスタン鉄道(South Western Railway)なども落ち葉ダイヤで走っています。

 なぜここまで広範囲で、しかも、山間部ではないロンドン近郊でも落ち葉が多いのでしょうか。

落ち葉は「地球の未来のため」

 落ち葉の多くは、線路脇の“ジャングル”から降ってきています。近年、英国では線路脇にただ単に人工的な柵を設けるよりも、樹木による生垣で鉄道の安全を守る選択がされています。「生垣」という言葉から想像しがちな、きれいに刈り込まれた低木の生垣ではありません。3.5mを超える高さの、鬱蒼と茂った、まるでジャングルのような緑地帯を線路脇に設けるのです。

 これにより、蜂や鳥の生態系に良い影響を与え、二酸化炭素の除去や騒音対策、洪水対策にも一役買える、という発想です。

 こうした動きは、イギリス・ロンドンに本社を置く大手電気通信事業者「ブリティッシュ・テレコム(British Telecom)」で管理職などを務めたジョン・ヴァーリー氏という、たった一人の人物が2010年に行った提言から始まりました。英国の線路沿いの落ち葉は、いわば、地球の未来のために覚悟を決めた、意図的な落ち葉だといえます。鉄道発祥の地である英国ゆえに、一歩先に進んだ哲学で動いているのかもしれません。

 地球の未来のためにと覚悟を決めた落ち葉ですから、その処理にも様々な努力がはらわれています。英国の鉄道路線の大半を管理するネットワーク・レイル社によると、3万2千kmに及ぶ線路沿いに、秋には約5000億枚、重さにして数千トンの葉っぱが落ちるそうです。同社はその対策に毎年数百万ポンド(100万ポンドは約2億円)の予算を確保し、80人の従業員が24時間体制で臨んでいるそうです。

 また、落ち葉対策用の作業列車を70機ほど所有しているといいます。線路上に付着した落ち葉由来の鉄化合物を高圧噴水で除去した後に、滑り止めのために砂と鉄の粒子を含んだジェルを塗布するそうです。また、一部の作業車には線路の状態を測定しながら走り、集めたデータを基に滑りやすくなっている箇所をGPS(全地球測位システム)と4G(第4世代移動通信システム)回線を使用して作業員に知らせる機能が搭載されているそうです。

 こうした専用列車は、鉄道網を維持するために年間延べ104万マイル(約1億4000万km)も走行します。これは月まで2往復するのに相当するそうです(ネットワーク・レイル社のサイトによる)。月まで2往復したとしても、鉄道と地球の未来を共存させたい――そんな英国鉄道業界の覚悟が見える「落ち葉ダイヤ」でした。

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