動画や音楽でおなじみの「サブスク」ですが、鉄道の世界でも革命が起きています。「赤字だから値上げ」という暗いニュースが多いなか、世界や日本で始まっている意外な取り組みを紹介します。
ドイツの衝撃「月額49ユーロ」チケット
ヨーロッパの鉄道大国ドイツでは、2023年から驚きのチケットが発売されています。その名も「ドイチュラント・チケット」。なんと月額49ユーロ(約8000円)で、国内のローカル線、バス、地下鉄などが乗り放題になるのです。
これまでの「A市とB市で料金が違う」「ゾーンが複雑」といった面倒なルールを破り、「これ1枚あればOK」というシンプルさが大ヒットしました。
あまりの人気に維持費がかさみ、2025年からは58ユーロ(約9500円)、さらに2026年には63ユーロ(約1万1400円)への値上げも計画されていますが、それでも日本の定期代と比べれば破格の安さといえるでしょう。
ただ、これは単なる安売りではなく、物価高への支援や環境対策として、国が本気で取り組んでいる政策なのです。
「ドイツはすごいけど、日本は……」と思われたのではないでしょうか。実は日本でも、新しい形のサービスが始まっています。
たとえば、JR西日本とUR都市機構が実験を行った「きっかけエリアパス」があります。これは、対象のUR賃貸住宅に入居すると、2023年の実験開始時は6か月、対象を拡大した2024年の取り組みでは3か月の通勤定期券(明石~三ノ宮間の記名式ICOCA)が現物支給されるという驚きの仕組みです。
これまでの鉄道会社は「いかに切符を買ってもらうか」を考えていましたが、この取り組みでは「いかに沿線に住んでもらうか」に目的が変わっています。
「電車に乗るために払う」のではなく、「その街での生活を楽しむためのツール」へ、定期券のあり方が変わりつつあるといっても過言ではないでしょうのです。
これらは鉄道を、もっというと公共交通機関、すなわち普段の「足」を、水道や電気のような「定額の生活インフラ」に近づけようとする、新しい発想が見えてきます。
赤字でも鉄道を残すべき「意外な理由」
一方で、こうした安売りや優遇策を見ると、「赤字のローカル線をなぜそこまでして維持するのでしょうか。」と疑問に思うかもしれません。
ただ、そこには単なる採算性だけではない深い理由があります。ここでカギになるのが、「町全体のサイフ」で考えるという視点です。
もし鉄道を廃止すると、どうなるでしょうか。自治体は子どもたちのためにスクールバスを何台も手配しなければなりません。
また、お年寄りが外出できなくなって元気をなくせば、結果として地域の医療費が増えるかもしれません。
逆にいえば、鉄道があることで商店街や病院へのアクセスが保たれ、地域の暮らしがスムーズに回るというプラスの面があるといえるでしょう。
「鉄道の赤字を埋めるお金」と「鉄道がなくなった後に発生するコスト」を比べたとき、実は赤字でも鉄道を残してみんなで乗るほうが、町全体としては安上がりになるケースがあります。
これは専門用語で「クロスセクター効果」と呼ばれますが、要は「損して得取れ」のまちづくり版といえます。
つまり、鉄道のサブスク化は単に運賃を安く見せる仕掛けではありません。みんなが使いやすくして利用を増やし、地域のコストを丸ごと下げていくためのツール(道具)といえるのです。
次に電車に乗るときは、「この路線は、街のどんな『得』を支えているのか」と考えてみると、車窓の景色が少し違って見えるかもしれません。