旅客機と陸軍ヘリの空中衝突事故を受けて、アメリカでは新たな法案が成立する見込みです。どういったものなのでしょうか。一方似た事故が発生した日本では、まったく別の対策を講じていました。
“安全の切り札”搭載ルールを厳格化
2025年1月にアメリカのロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港に着陸直前だったアメリカン航空5342便が、陸軍のヘリコプターと空中衝突して双方の機体が墜落するという事故が発生しました。事故は空港からわずか1キロの場所で発生し、衝突した機体は2機ともにポトマック川に墜落して67名の搭乗者全員が亡くなりました。この事故を契機にアメリカでは新たな法案が成立する見込みです。
この法案はテキサス州選出のテッド・クルーズ上院議員らの発案によるもので「回転翼機運航の可視化と見落とし防止法(Rotorcraft Operations Transparency and Oversight Reform Act = ROTOR Act)」と呼ばれます。その中身はADS-Bと呼ばれる機器の装備をより徹底することを求めるものです。
ADS-Bは放送型自動従属監視とも呼ばれ、自機の位置を他機に伝えるためのシステムです。これは、航空機が自機の位置をGPS座標として発信する機能を持ったADS-B Out と呼ばれる発信装置と、周囲の航空機が発している信号を受けて画面上に表示する機能を持つADS-B Inという2種類の機器で構成されています。ADS-Bのシステム上の特徴は、飛行中の航空機も地上を移動中の航空機も、位置情報の送信と受信の両方が同時に行える点です。
ADS-Bは過密化が進む空域や空港における航空機の安全確保のための“切り札”として各国で導入が進められています。アメリカでは管制空域の種類によってはADS-B Outの装備が義務付けられていますが、今回の法案によりADS-B Out とADS-B Inの両方の搭載が義務付けられることになります。また、軍用機においてはADS-B Outの機能を停止して飛行する場合の制限事項などが盛り込まれます。
法案では成立から2年以内に連邦航空局(FAA)に対して航空法の改正を要求することになりますが、この法案を反映した航空法が施行された後には、軽量スポーツ航空機を含むほぼ全ての航空機には、ADS-Bの装備が義務化されます。ただし、グライダーや気球、電子装備を搭載していない古典機は例外として除外されます。
今回の法案は、現在FAAがドローンの運航を大幅に拡大することを目指して改正案を発表したばかりの連邦航空法108条(案)の成り行きにも大きな影響を与えそうです。
日本とは全く異なる「衝突事故後の国の予防策」
ワシントンの航空機衝突事故は夜間に管制圏、それも管制塔から視認可能な範囲内で起きている点などの複数の点において、羽田空港で起きたJAL(日本航空)機と海上保安庁機の衝突事故と似ています。これら2つの衝突事故に対して日米の航空当局は全く方向性の異なる対策を講じようとしている点に注目する必要があると筆者は考えています。
というのも、アメリカでは新しい技術の導入により航空機の運航状況の可視化を進めようとしているのに対し、日本は新技術の導入ではなく、パイロットに新たな訓練を課すことによって事故対策を講じているように見せかけていると見られるからです。
今日の航空機の卓越した安全性は多くの技術の積み重ねにより達成されたものです。これは、新しい技術の力により自動化を進め人間によるエラーを排除してきた歴史でもあります。事故防止と安全の確保は新しい技術を積極的に取り入れることでパイロットの負担を軽減して達成されてきたといえるでしょう。
ところが、羽田の事故後、国交省が発表したCRM訓練と呼ばれる新たな訓練の義務化はパイロットに新たな負担を求めるもので時代の流れに逆行しています。
羽田空港で衝突事故が起きた時、海外メディアが最初に注目した点は、海保機にADS-Bが搭載されていなかったことです。日本一の混雑空港でADS-B未装備の機体が運航されていたことが、海外視点でみる奇妙に感じたのです。
そして、事故後の安全対策として国交省が発表したことがADS-Bの導入ではなく、パイロットに追加の訓練を強要する内容であったことも、海外の航空関係者を再び驚かせています。
同様な事故を防止するために日本に必要なのはパイロットの訓練ではなく、ADS-Bの導入を先行させるべきであることは異論の余地がないからです。各国で普及が進んでいるADS-Bですが、日本ではADS-Bの導入に関してはいまだに発表すら行われていません。安全技術の面で日本だけが世界から取り残されている状況なのです。
ADS-Bはすでに世界中でその機能と信頼性が実証されている成熟したシステムです。パイロットに新たな負担を要求する前に、すでに実証されている新技術の導入が何よりも重要であると筆者は考えています。
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