
サーブは世界初となる実戦形式での「AI搭載機VS人間パイロット」による空中戦を行ったと発表しました。そこから得られた教訓や今後の展望について、同社のイノベーション最高責任者であるマーカス・ワント氏に伺いました。
世界初の「人工知能VS人間パイロット」による空中戦 その結果は
北欧スウェーデンの大手防衛関連企業のサーブは2025年6月、世界初となるAI(人工知能)を搭載した戦闘機と有人戦闘機との実戦形式での模擬空中戦を実施したと発表しました。「AI搭載機VS人間パイロット」という、まるでSFのような世界が現実となっています。
この試験に用いられたのは、同社が誇る多用途戦闘機「グリペンE」です。これに、ドイツの防衛スタートアップ企業であるヘルシングが開発したAI「セントール(Centaur)」を搭載して、自律的な機体操縦やパイロットへの射撃指示などを行い、人間のパイロットが操縦するグリペンDとの間で空中戦を行ったというのです。
サーブはこの世界初の試みからどのようなことを学び、今後それをどのように活用していくのでしょうか。筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は、サーブの各種最新技術の開発や実用化に深く関わる同社のイノベーション最高責任者、マーカス・ワント氏にインタビューしました。
ワント氏によると、セントール搭載グリペンによる各種試験は、内容を徐々に複雑化させながら引き続き実施されているといいます。
「(AI搭載機で)毎週のように試験を継続しており、段階的に複雑さを増しています。より多くの航空機を投入し、異なる種類の任務やデータをAIに与えており、現在はその組み合わせを広げることに注力しています。当初は『1対1』の空対空戦闘から始めましたが、現在では同時に多数のAI搭載/非搭載機を参加させる形へと拡張しています。AIを搭載した機体、あるいは人間が操縦する機体を混在させ、敵側もAIか有人かを変えて、さまざまな組み合わせで試験を行っています」
このセントール、人間のパイロットと比べると飛行経験の習熟スピードが桁違いに早いといいます。ワント氏は次のように説明します。
「今回の試験に使用しているAIは、実際には数日間の訓練ながら、データ上では数十年分に相当する飛行を行ったといえます。例えば5〜6日間で学習させたケースでは、その間に『40年以上の飛行経験』に匹敵するデータを吸収しました。BVR(Beyond Visual Range:視程外戦闘)の訓練であれば、人間パイロットが数十年かけて積む経験を、AIは短期間で得るのです。最初の数日は人間より学習が遅いのですが、やがて加速度的に熟達し、非常に高い精度で任務をこなすようになります。
これにより、どのタイミングで旋回するか、戻るかといった判断が非常に精密になりました。相手を欺くような小さな動きで相手に自機の行動を誤認させる挙動など、“創造性”のように見える行動も見られ、人間らしい振る舞いをすることもあります」
「AI=最強」ではない!? 勝敗率から見えてきたその長所と短所とは
こうしてみると、AIの方が人間パイロットよりも格段に優秀に見えるのですが、実際にAIと人間パイロットとの空中戦の勝敗率を見てみると、面白い事実が浮かび上がるとワント氏は言います。
「とても興味深いことに、AIと人間パイロットとの勝敗はほぼ五分五分と言えます。午前中の初戦では人間のパイロットがAIに手を焼くことが多いのですが、午後になると彼らは戦い方を学び、新しい戦術を組み立ててAIに対抗できるようになります。ところが、AIを再訓練すると再び難易度が上がる。この繰り返しです。
人間パイロットの方が、その場で起きた変化を即座に察知して適応する点では有利です。AIは与えられた枠組みの変更に対して即応するのがやや苦手ですが、逆に既知の事柄や新たな戦術を学習させる場合は、AIは数日で再訓練できます。対して人間の訓練は数年を要します。つまり長所と短所があり、どちらか一方が万能ということはありません」
このように、サーブでは他社に先駆けてAIに関するさまざまな知見やデータを収集していることがうかがえます。そんな同社にとって、AI開発は終わりのない旅のようなものだと、ワント氏は語ります。
「AIは常に新しいデータを吸収し、成長し続けていく存在です。そのため、その開発に関して完全な終着点というものはないと思います。ただし、一つの節目としては、AIをグリペンに搭載し、パイロットの補助として機能させることです。
グリペンは設計段階から、新しい技術を素早く取り込めるよう計画されています。具体的には、フライトクリティカルな部位(操縦・安全に直結する部分)とミッションシステム(任務遂行に関するソフトウェアや意思決定部分)を分離して設計しています。切り離して隔離するのではなく、両者が効率的に連携できるようにしています。これにより、新しいアルゴリズムや技術を投入してもフライトクリティカルな部分を毎回再認証する必要がなく、迅速に実装できる仕組みになっているのです。
さらに、グリペンでAIを活用した成果を無人機に転用し、自律飛行させることも可能です。有人機と組み合わせてAIの挙動を観察し、その知見を無人システムに移植する。これらを併せて試す段階を経ることで、将来的に有人機との連携が可能なシステムが完成すると考えています」
このように、AIを搭載して自律的に行動可能な無人機は、いまやSFの世界から現実世界へと飛び出してきています。しかし、だからこそ重要なのは「人間の関与」であると、ワント氏は強調しました。
「たとえば自律型無人機などの分野において、AIの活用する際に重要なのは『ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間が意思決定に関与すること)』です。AIがすべてを独自に判断するのではなく、人間が『この任務を与える』と明確に判断し、その結果を理解したうえで実行させる必要があります。逐一の操作ではなくとも、意思決定の結果と帰結を人間が把握していることが大前提です」
AIを含めた先端技術をどのように活用していくのかという問題は、世界各国の防衛産業における大きな課題です。創業約90年という北欧の老舗企業サーブの取り組みは、その答えの一つと言えるのかもしれません。