
登山鉄道だけが、急勾配を上り下りしているわけではありません。実は大都市の東京にも急勾配を上り下りする路線が複数存在し、日夜多くの列車が行き交っています。今回はそのような箇所をいくつか紹介します。
東京都心の最急勾配路線は?
急勾配を上り下りする鉄道は、山岳部だけでなく、実は大都市にも複数存在します。特別設計認可を得て造られた区間も含め、日夜多くの列車がきつい坂を上り下りしています。
自動車がアスファルト上をゴムタイヤで走行するのに対し、鉄道は鉄のレール上を鉄輪で走行します。このようにレールと車輪の摩擦力で走行する鉄道を「粘着式」といいますが、摩擦が小さいため省エネ性に優れる反面、急勾配に弱い特性があります。
鉄道に関する技術上の基準を定める省令(第18条)は「車両の動力発生装置、ブレーキ装置の性能、運転速度等を考慮し、車両が起動し、所定の速度で連続して運転することができ、かつ、所定の距離で停止することができるものでなければならない」として、貨物列車が走行しない線区の基準を35パーミル(1000mあたり35mの登坂)と定めています。
ただしそれ以上の勾配が認められないわけではありません。同省令第13条は、地形上等の理由によりやむを得ない場合、鉄道輸送の高速性と大量性を確保できる限り、基準を超える勾配を設定できるとしています。
急勾配といえば1997年に廃止されたJR信越本線の碓氷峠(横川~軽井沢)や、小田急箱根鉄道線(旧・箱根登山鉄道)など山岳部の鉄道がイメージされますが、実は都市部にも存在します。今回は東京都内から、そのような路線をいくつか紹介していきましょう。
●東京の鉄道で「一番の急勾配」どこだ!?
東京都心の最急勾配路線は、意外なことに都電にあります。唯一残る都電、荒川線の王子駅前から飛鳥山に向かう飛鳥大坂は、旧信越本線の碓氷峠(横川~軽井沢)と同じ66.7パーミルもの急勾配です。
東京は東部の低地帯「下町」と西部の台地「山の手」から成り立っており、JR京浜東北線は下町と山の手の境界線を走っています。王子付近の地形図を見ると、都電の線路は石神井川がえぐった台地の隙間から、飛鳥山を回り込んで山の手側に入っていることが分かります。
起伏が多い山の手を走った都電には、この他にも急勾配が多数ありました。特に九段坂は1907(明治40)年の路面電車開通当初、あまりに急勾配で道路上を走行できなかったため、関東大震災後の道路改良で勾配を緩和するまで、道路脇の鉄道用の坂を上っていました。
特別設計認可を得た急勾配地下鉄の数々
国内で最も急勾配を走行する粘着式鉄道は前出の小田急箱根鉄道線で、その値は最大80パーミルに達します。海外には100パーミルを超える勾配の路面電車も存在しており、鉄道だからといって坂を登れないわけではありません。
ただ、勾配に対応した強力なモーター、複数系統の非常ブレーキ、粘着力を高める補助装置などの各種装備が必要で、しかも低速運転しかできません。道路上を走る路面電車や、山を登ることが目的の登山鉄道でもない限り、わざわざ急勾配を設ける必要がないのです。
都心の急勾配は路面だけでなく地下にもあります。地下鉄は他路線のトンネルや共同溝などを避けて地中を上下に縫うように走っています。長堀鶴見緑地線や大江戸線などミニ地下鉄は、リニアモーターで走行する非粘着式駆動のため、50パーミル以上の勾配が可能ですが、一般的な地下鉄路線は通常の鉄道と同様です。
●東京メトロで一番の急勾配=“日本一”も!?
その中で35パーミルの基準を超える区間のひとつが、日比谷線の南千住~三ノ輪間です。地上駅の南千住から常磐線貨物支線(隅田川線)を越えた後、一気に昭和通りの地下に入るため、やむを得ず39パーミルの急勾配で特別設計認可を得ました。
これを上回るのが副都心線新宿三丁目~東新宿間です。副都心線新宿三丁目駅は丸ノ内線と都営新宿線のトンネルの間、東新宿駅は大江戸線の下に設置しなければならず、また、東新宿駅は急行運転の待避設備を道路下に収めるため、上下二段式のホームにする必要がありました。
東新宿駅上段ホームから新宿三丁目駅に向かうA線(池袋→渋谷方面)トンネルは30パーミルですが、新宿三丁目から深い東新宿駅下段ホームに向かうB線(渋谷→池袋方面)トンネルは40パーミルの勾配で造られています。
同様に、上下式ホームへ接続する関係で40パーミルの急勾配なのが、東西線の早稲田駅から神楽坂駅の下段ホームに向かうA線(中野→西船橋方面)トンネルです。また、営業線ではありませんが、東陽町駅と深川車両基地を結ぶ入出庫線にも40パーミルの勾配があります。
両路線の40パーミルという勾配は、粘着式の地下鉄では日本最大です。ただ副都心線と東西線は下り坂方面のみの運転なので、営業線の上り坂に限ると39パーミルの日比谷線トンネルが最急勾配ということになります。