
PGAツアーの2024年シーズン初戦は、大会名が従来の「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」から「ザ・セントリー」に変更され、ファンにとっても、誰にとっても、言いやすく、親しみやすくなったのではないだろうか。
米国内のTV中継は、最終日のラスト1時間がコマーシャルブレークのない「CMフリー体制」で放映された。
今季のPGAツアーでは賞金総額2000万ドルの「シグネチャー・イベント」8試合が開催される予定で、今大会はそのひとつだが、CMフリーの生中継は、360万ドル(約5億2000万円)という破格の優勝賞金を競い合う熱戦を、最大限、エキサイティングな形で視聴者に届けたいというタイトル・スポンサーのセントリーとNBC、そしてPGAツアーの想いの表れだった。
最終日を最終組で迎えたのは38歳のベテラン選手クリス・カークと、新進気鋭の21歳アクシャイ・バティア(ともに米国)だった。
しかし、若いバティアにとって5億円超の優勝賞金がもたらすプレッシャーは、あまりにも多大だった様子で、ダブルボギー発進となったバティアは14位タイに終わった。
そんなバティアを尻目に、カークは終始マイペースを崩さなかった。同組のバティアは自滅して後退したが、26歳のサヒス・ティーガラや30歳のジョーダン・スピース(ともに米国)らがチャージをかけ、一時はティーガラがカークを追い抜いて単独首位に立った。
だが、それでもカークは、ゆったりとしたスイングテンポを変えず、プレーペースも歩く速さも変えず、表情一つ変えることなく、自分のゴルフを貫き続けた。
17番の第2打をピン60センチにつけたカークは、バーディを奪ってトータル29アンダー・単独首位に再浮上した。ティーガラに1打差で迎えた18番(パー5)は、相棒キャディと「パーでいい」と言い合って、レイアップ作戦をきっちり遂行。通算6勝目を挙げて喜びの笑顔を輝かせた。
振り返れば、カークがどん底からの復活を果たしたのは昨春の「ザ・ホンダ・クラシック」だった。彼はそれ以前にも通算4勝を挙げていた。2014年にはフェデックスカップ年間王者のタイトルにリーチをかけた。だが、「ツアー選手権」ではビリー・ホーシェル(米国)にタイトルを奪われ、2015年を最後に勝利からも遠ざかり、2019年ごろからはアルコール依存症に陥って、ツアーを休みがちになった。
「ゴルフクラブをまったく握らない日々が3カ月以上も続いた」というカークだが、必死に禁酒に努めた彼の努力とPGAツアーの公証制度に助けられ、なんとか戦線復帰。そして、昨年のザ・ホンダ・クラシックで7年9カ月ぶりの復活優勝を挙げ、肩を震わせながら号泣した。
昨秋、PGAツアーのジェイ・モナハン会長から「PGAツアー・カレッジ(勇気)アワード」を授けられ、愛妻と3人の子どもたちに、その賞をサプライズで披露した。
「どん底でも僕を支えてくれたワイフとキッズには、どんなに感謝しても感謝しきれない」
その「お返し」をしたいという想いを込めて、カークは昨季終了後もハードワークを続け、風変わりな練習にも取り組んできた。「オフの間、いつものクラブは2カ月以上握らず、ずっとレフティ用のクラブで練習し、ラウンドした。ベストスコアは82だった」。
米国のゴルフ解説者たちの話を総合すると、右利きのゴルファーがレフティ用クラブで練習すると「体の左右のバランスを調整する」「スイングリズムをゆったりさせる」「左打ちなどのトラブル対策になる」「忍耐力を醸成する」といった効果が見込めるとのこと。
アルコール依存症のときは3カ月超、今回はレフティ用クラブでの練習で2カ月超。自身のクラブを握らずとも、別の形で心身を鍛え、ゴルフを向上させたカークの歩みは、人生で苦難に遭遇しようとも復活は不可能ではないことを教えてくれているようで、勇気と元気が湧いてくる。
「どんなにプレッシャーがあっても、どんなにナーバスでも、ひたすらいいショット、パットを打つことだけを考えていた。自分を向上させるために努力するプロセスは楽しい。人間を磨き、良き父、良き夫となれるのだと思うと、それだけで楽しい」
新年初戦を飾るにふさわしいチャンピオンの誕生だった。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)