鉄道輸送で「ヨーロッパ一帯一路」実現へ!? 安全保障は物流から! 輸送網のハブになる国・ハブられる国

ヨーロッパでは世界の不安定な情勢を受け、鉄道による輸送網の確立に向けた動きがあります。この「鉄道回廊」計画ですが、一枚岩ではなくさまざまな「関係性」も見え隠れします。

「脱ロシア・脱中国」のために「まず団結すべきなのは輸送」

 ロシアのウクライナ侵攻で、ガス供給源と輸送ルートに苦悩した欧州。さらに、世界各地に食指を伸ばす中国の巨大経済圏構想「一帯一路政策」に対する警戒感も高まっています。それらの教訓から欧州では、「脱ロシア・脱中国」をすすめ「信用し合えるパートナー」だけで輸送網を確立することが重要課題となりました。  そのなかでも鉄道が安全保障上、非常に大切な戦略インフラであることが改めて意識されており、欧州版一帯一路ともいえる「鉄道回廊」の整備を進める計画があります。

 その計画の中枢にあるのは、ドイツ。自らが鉄道網の「ハブ」となってEUを取りまとめ、鉄道強国への道を突き進もうとしています。鉄道や海路でインドまで結ぼうという構想もあり、世界の鉄道輸送網が大きく変わるかもしれません。 ドイツは来年度から2027年度までに400億ユーロ(約6兆円)という巨費を鉄道予算に割り当てる予定で、鉄道の近代化を急速に進めています。特に、信号システムをはじめ、国別で異なる運行方式を一元化し「シームレスな一つの鉄道網」を目指しています。すなわち鉄道の欧州統合です。 そのベースとなるのが、鉄道や海路を組み合わせた「欧州横断輸送ネットワーク (TEN-T)」という構想で、もともと冷戦が終わった1990年代に浮かんだ計画でした。それが昨今の緊迫した政治情勢を受け、具体化が急速に進んでいるのです。主要部は原則として「2030年完成」を視野に入れています。

ヨーロッパの安全保障「鉄道回廊」とは

 TEN-Tは9つのルート(回廊)があります。フランス、イタリア、オーストリア、ハンガリー国内には4ルートが通り、デンマークなど12か国は1つしか通っていません。そのなかでドイツは突出していて、6つの回廊が通っています。しかも最新の発表資料によると、7つ目のルートもドイツにつながる可能性があります。 その7つ目のルート「北海―地中海回廊」は、アイルランドから海路でオランダのアムステルダムやフランスのル・アーヴルに上陸し、そこから地中海へと抜けるものです。欧州委員会は2022年11月、68ページの計画書を発表し、同回廊について「ドイツに繋ぐことを検討する」と、ひっそり書き加えたのです。 東欧と西欧、北欧と南欧の間、すなわち「中欧(セントラル・ヨーロッパ)」に位置するうえ、9つの国と接し、経済的にも政治的にも欧州の中心のドイツ。欧州最大の経済大国で自動車や工作機械などのモノ作りも集積しています。ほかの欧州諸国との貨物のやり取りが多いのも当然です。ドイツが欧州の鉄道輸送の「ハブ」になることは必然とも言えます。 しかも2021年末に発足したショルツ政権では、環境政党の「緑の党」が連立与党に入り、自動車や航空より環境に優しい鉄道への期待が高まっています。※ ※ ※ 一方、欧州の「鉄道回廊」の整備から外れつつあるのは英国です。 前述のTEN-Tの「北海―地中海回廊」は、もともとアイルランドだけでなく「英国の北部スコットランドからロンドンを経由してドーヴァー海峡を渡り、地中海に向かう」というルートでしたが、2022年1月のブレグジット(英国のEU離脱)で大きく計画が変わりました。 英国が「信用し合えるパートナー」から外れ、ハブと接続するどころか「ハブられる」選択をしたことにより、英国を通る必要がなくなり、代わりにドイツを経由する7つ目の回廊にする方向に切り替わったようです。

「ハブられ」イギリスの悲哀は「新幹線計画」にも…

 英国の鉄道整備には、ほかにも甚大な影響が出ています。例えば英国は、ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道「HS2(ハイスピード2)」を建設する予定でしたが、計画縮小を余儀なくされました。中部バーミンガムからさらに北のマンチェスターの間の着工を断念し、当初よりも路線を大幅に短縮したのです。 表向きの縮小理由は「インフレによる費用高騰」とされていますが、建設費用にあてこんでいたEUの資金支援が見込めなくなった影響もあるようです。 その動かぬ証拠が、英国運輸省の資料に書かれた当時の「HS2用に助成金を得られる可能性が最も高いのは、EUのTEN-Tから」という一文です。 EUとの“喧嘩別れ”から4年弱、もらえなかった資金の穴は大きかったのかも知れません。「ハブ」になる国のドイツと「ハブ」られた国の英国の明暗が分かれています。 ちなみに、欧州~中東~インドの回廊に含まれず「ハブ」られたのはトルコも同じで、「トルコ抜きの経済回廊はありえない」と怒りをにじませるという政治ドラマもありました。※ ※ ※ ウクライナ情勢をかんがみて、EU内の輸送網だけを拡充しても近隣の「信用し合えるパートナー」との輸送網を築いておかなければ意味がないという考えになったEU。2022年7月に作成された欧州委員会の資料は「ロシアやベラルーシを信用したことへの反省」などがつづられ、欧州内で新設予定の輸送網から両国を排除することや、代わりにTEN-Tの4つの回廊をウクライナやモルドバまで伸ばす案が明示されています。 今後は、ロシア、中国、北朝鮮などの鉄道建設の計画がどう変更してくるのかも気になるところ。足元でイスラエルと、イスラム武装組織ハマスによる武力衝突もあり、激変した中東情勢も世界の物流に影響してきます。国際秩序が大きく揺れ動くなか、世界の鉄道輸送が変化していくのは間違いありません。「ハブ」になる国と、その一方で「ハブ」られる国々の行く末を注視したいところです。

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