2人の女優は同じお墓に…『多磨霊園に眠る芸能人たち③』神山繁×夏目雅子×田中好子

神山繁さんのお墓

多磨霊園には数多くの芸能人も眠っています。長身の知的二枚目として、また重厚な演技で、現代劇でも時代劇でも、エリート高官でも悪役でも、常に作品に重みを与えられる俳優だった神山繁。
神山繁(こうやま・しげる)は広島県出身。父は海軍大佐の神山徳平。1945年(昭和20年)海軍経理学校を卒業(第38期)するも終戦となり、戦後、山王ホテル、進駐軍の通訳、航空会社勤務を経て、1952年に文学座に演出部研究生として入座。演出助手をつとめた後に俳優に転向しました。

 俳優仲間と文学座を脱退し、現代演劇協会の劇団雲を結成。主にシェークスピア劇に出演します。1975年雲を解散後、芥川比呂志らと演劇集団円の創立に参加。俳優だけでなく演出も手掛けます。この間、1953年に「にごりえ」で銀幕デビュー。以後、日活アクション映画の悪役やクールで権力志向型の現代人といった役どころで活躍。「日本のいちばん長い日」「華麗なる一族」で高い評価を得、1989年は英語力を買われ「ブラック・レイン」で高倉健が演じる刑事の上司役で出演。他にも「寒椿」「四十七人の刺客」「沈まぬ太陽」など多数出演し、「踊る大捜査線」シリーズで吉田副総監役や、「アウトレイジ ビヨンド」花菱会会長役で好演しました。テレビドラマにも多数出演し、最高視聴率40%を超える人気ドラマ「ザ・ガードマン」にも出演。NHK「英語でしゃべらナイト」では最高齢出演を果たしました。また、サントリーウイスキーのCMにも長く出演してお茶の間に親しまれました。

夏目雅子 田中好子さんのお墓

 白血病で27歳の若さで亡くなった女優の夏目雅子(なつめ・まさこ)。旧姓は小達、本名は西山雅子。東京六本木の古くからある輸入雑貨店の亀甲屋の長女として生まれました。東京女学館短大中退。1976年(昭和51年)日本テレビ系ドラマ「愛が見えますか」のオーディションでヒロイン役に選ばれ、本名で女優として出発をします。1977年カネボウ化粧品の夏のキャンペンガールとなり大ブレークし、「夏の目玉」商品のCMから、以後、夏目雅子が芸名となりました。

 映画「トラック野郎」で6代目マドンナに抜擢され、大河ドラマなど多数出演し、1982年「鬼龍院花子の生涯」での「なめたら、あかんぜよ」は流行語になり、ブルーリボン主演女優賞を受賞しました。1984年に作家の伊集院静と結婚しますが、翌年、公演「愚かな女」で主役を務めている時に疲労感を訴え入院。本人には知らされていませんでしたが、病名は急性骨髄性白血病。 闘病生活を送っていましたが、1985年に肺炎を併発して亡くなりました。
没後、1993年白血病の闘病生活による脱毛に悩む患者を支援するために、かつらを無償で貸与する「夏目雅子ひまわり基金」が設立。写真集の出版、CM起用、夏目雅子の題材としたドラマなどが放映されるなど今でも伝説的存在です。夏目雅子の兄はプロゴルファーの小達一雄。その妻は元キャンディーズで女優の田中好子です。彼女も夏目雅子と同じお墓で眠ります。

 田中好子(たなか・よしこ)は東京足立区出身。本名は小達好子。1972年(昭和47年)東京音楽学院在学中に藤村美樹、伊藤蘭と共にNHK歌謡グランプリのマスコットガールに選ばれます。翌年、三人グループの『キャンディーズ』が結成され、「あなたに夢中」でレコードデビュー。 「年下の男の子」が大ヒットし、「内気なあいつ」「春一番」「微笑みがえし」など次々とヒットを飛ばし、愛称スーとして熱狂的なブームを巻き起こしました。しかし、1978年に絶頂期の中、「普通の女の子に戻りたい」という言葉とともに解散。一時引退します。

 1980年に芸能界に復帰。1983年は女優として連続テレビ小説「おしん」に出演。1989年(平成1年)「黒い雨」で原爆症を患う主役を演じ数々の主演女優賞を得ました。以降は数多くの映画やドラマに出演。自身は子供を儲けることができませんでしたが、女優としては母親の役を当てられることが多く、「家なき子」「ちゅらさん」「筆談ホステス」ではヒロイン役の母役を演じました。田中の子供役として共演した経験のある俳優は男22人、女25人で合計47人にものぼります。

 結婚前より夏目雅子とは親交があり、夏目雅子亡き後は積極的にひまわり基金活動などの福祉活動に参加。しかし、1992年乳がんが見つかり、治療を続けながら芸能活動を続けていましたが、2010年に再発。2011年に亡くなりました。

 田中好子が亡くなった年末、「歴史が眠る多磨霊園」に所属事務所を介してご遺族から田中好子、夏目雅子のホームページの削除要求がありました。二人が眠る「小達家」の墓所は先祖代々のお墓であり、二人以外の遺骨も眠っているため、御霊を静かに眠らせてあげたいというお言葉でした。そこで、ご遺族と話し合いの結果、多磨霊園のお墓を特定する番地を「秘匿」とすることにしました。掲載文章に関しては、そのまま掲載をしていただいても良いとの承諾を得ております。

神山 繁  埋葬場所: 22区 1種 10側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kouyama_shi.html
※同墓には前妻で女優の文野朋子も眠ります。文学座・雲・円と共に歩んだ同志です。

夏目雅子  秘匿
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/N/natsume_m.html
※墓所地は「秘匿」として伏せさせてもらいます。夏目雅子のお墓は伊集院静の生家、山口県防府市の放光山大楽寺にもあります。

田中好子  秘匿
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/T/tanaka_y.html
※墓所地は「秘匿」として伏せさせてもらいます。

【筆者プロフィール】
小村大樹(おむら・だいじゅ)
掃苔家・多磨霊園著名人研究家
1976年生まれ。1997年、大学生の時に多磨霊園の横にある石材屋でバイトをしたことをきっかけに多磨霊園に眠る著名人の散策を始める。1998年、当時インターネットが出始めた頃より「歴史が眠る多磨霊園」のホームページを制作。2018年開設20周年を迎える。
足で一基一基お墓を調査し、毎週1,2名ずつ更新をすることを20年間休まず実施(現在も継続中)。お墓をきっかけに眠っている著名人の生き様や時代背景の歴史を学ぶことをコンセプトにしており、掲載している人物は3000名を超える。
サイトを通じて多くの著名人のご遺族とも親交。歴史学者や郷土史家、出版社らの協力も惜しまず提供。一橋大学名誉教授の加藤哲郎『飽食した悪魔の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』(花伝社)では論文として考察される。『有名人の墓巡礼』(扶桑社ムック)では一部執筆を担当。中学社会科・高校地理歴史の免許を取得し、通信制高校で教壇にも立つ。
『歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだけではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことだ』『私が著名人だと思った人物は全て著名人である』がモットー。


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◆歴史が眠る多磨霊園 http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/
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