リストラに恨み?世間に衝撃の未解決ミステリー【自殺か他殺か!? 「下山事件」】 下山定則×古畑種基

下山定則さんのお墓

1949年6月1日(昭和24年)国有鉄道初代総裁に下山定則が就任しました。

 元々日本国有鉄道(現在のJR)は国営事業として運輸省鉄道総局が、国の国有鉄道事業特別会計によって事業を行っていました。それを、税金での運営ではなく独立採算制で経営をすることを目的に、公共企業体として法人(公社)にすることが決まりました。日本国有鉄道だけではなく、日本専売公社(現在のJT)、後に日本電信電話公社(現在のNTT)も公共企業体となり三公社と呼ばれます(三公社は民営化し現在は株式会社)。

 日本国有鉄道が公共企業体となるにおよび、行政整理の一環として9万5000人の人員整理を発表しました。いわゆるリストラです。これに対して、労組が反対闘争に入り国鉄内は混乱。火中栗を拾う状況での国鉄総代として抜擢された下山は奮闘をしていました(後に国鉄職員大量解雇の指示はGHQが下山に強制執行を命じたことであることがわかっています)。

 そんな中、7月5日、下山が登庁の途中、日本橋三越に立ち寄ったあと行方不明になります。そして、翌6日朝、常磐線北千住綾瀬間の線路上で轢死体となって発見されたのです。総裁として責任を取り自殺をしたのか、それともリストラに対する恨みを買っての他殺であるのか。世間に衝撃が走ります。

 下山定則(しもやま・さだのり)は兵庫県出身。熊本地方裁判長など司法官を務めた下山英五郎の子として生まれます。東京帝国大学を卒業し、1925年(大正14年)鉄道省に入り技師となります。1936年(昭和11年)在外研究員を命ぜられヨーロッパ各国を視察・歴遊し、翌年帰国。その後は、運輸局運転課、鉄道調査部技師、企画院技師、鉄道監、名古屋鉄道局長、東京鉄道局長などを経て、運輸次官を歴任しました。そして、国有鉄道が公共企業体となるにおよんで初代総裁に抜擢され、就任約1ヶ月後に轢死体として発見されることになります。

 下山の遺体は法医学解剖にまわされます。その死体検分をしたのが、東京大学法医学教室の教授であった古畑種基です。

古畑種基さんのお墓

 古畑種基(ふるはた・たねもと)は三重県出身。開業医の古畑虎之助の次男として生まれます。東京帝国大学卒業後、金沢医大教授を経て、1936年(昭和11年)より母校の教授となりました。法医学・血清学の権威で、ABO式血液型の遺伝について三対立遺伝子説を唱導し、その遺伝法則を樹立。またQ式・E式・ST式などの新血液型を発見するなど、数多くの業績を挙げ、1943年に学士院恩賜賞を受賞。1956年に文化勲章を受章しています。後に東京医科歯科大学教授や、警察庁科学警察研究所長も務めました。

 古畑は血液にまつわる本も多数出版しており、犯罪法医学や血液型学などの他に、1962年に出版した『血液の話』は一般層にも広がり、本人は根拠がないと否定していますが、血液型占いなどに派生しています。警察の科学捜査の推進役でもあり、帝銀事件や今回の下山事件などの難事件に立ち会います。

 古畑による下山の検分結果は、「死後礫断」説(「死体に生活反応が見られず、死後轢断である。但し、睾丸、局所、手にごくわずかな生前の出血をみる」=他殺説)と発表しました。この発表に対して、慶應大学教授の中館久平が、「睾丸と局所の出血は生前なくても飛び込み轢断の死体によく見られる」と「生体礫断」(自殺説)を主張し、法医学論争になります。

 反論もありましたが検分は他殺説。しかし下山の当日の足取りからすると自殺説が有力で、下山の後を引き継ぎ総裁となった加賀山之雄は「鉄道マンは鉄道自殺をしない」と語気を強めるなど、自殺なのか他殺なのかというミステリーに世間は注目、マスコミをにぎわせました。結果的に自他殺不明のまま未解決に終わっています。

下山定則 埋葬場所: 21区 1種 16側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/S/shimoyama_s.html

古畑種基 埋葬場所: 20区 1種 18側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/H/huruhata_t.html

【筆者プロフィール】
小村大樹(おむら・だいじゅ)
掃苔家・多磨霊園著名人研究家
1976年生まれ。1997年、大学生の時に多磨霊園の横にある石材屋でバイトをしたことをきっかけに多磨霊園に眠る著名人の散策を始める。1998年、当時インターネットが出始めた頃より「歴史が眠る多磨霊園」のホームページを制作。2018年開設20周年を迎える。
足で一基一基お墓を調査し、毎週1,2名ずつ更新をすることを20年間休まず実施(現在も継続中)。お墓をきっかけに眠っている著名人の生き様や時代背景の歴史を学ぶことをコンセプトにしており、掲載している人物は3000名を超える。
サイトを通じて多くの著名人のご遺族とも親交。歴史学者や郷土史家、出版社らの協力も惜しまず提供。一橋大学名誉教授の加藤哲郎『飽食した悪魔の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』(花伝社)では論文として考察される。『有名人の墓巡礼』(扶桑社ムック)では一部執筆を担当。中学社会科・高校地理歴史の免許を取得し、通信制高校で教壇にも立つ。
『歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだけではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことだ』『私が著名人だと思った人物は全て著名人である』がモットー。

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◆歴史が眠る多磨霊園 http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/
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