【おい、小池】未解決事件として11年逃亡し続けた男と迷宮入りを防いだ葬儀社

交番の目を引くキャッチコピーの指名手配ポスターや偶然、事件の詳細を徳島県警も協力して再現したドキュメンタリーのテレビを見ていて、私の記憶に鮮明に残っていたある凶悪殺人事件が2012年10月解決していたことを知った。ポスターは「おい、小池」と容疑者に呼びかける非常に斬新でインパクトの強いもので、覚えている方も多いのではないだろうか。事件は「徳島・淡路父子放火殺人事件」と呼ばれている。11年も未解決だったこの事件の迷宮入りを防ぐにあたっては、警察も見逃した些細な疑問を抱いた葬儀社さんの存在があったので、調べてみた。

■徳島・淡路父子放火殺人事件とはどのような事件だったのか

2001年4月20日、徳島市の県営住宅で火災が発生し、焼け跡から無職松田優さん(当時66歳)の遺体が発見され、その翌日には淡路島の雑木林の焼け跡で、徳島の被害者の長男(当時38歳)の遺体が発見された。父子は殺害された後、証拠隠滅のため燃やされたことが判明した。更に松田さんの額面4000万円の4冊の預金通帳も奪われていたことも判った。これは松田さんが障害のある長男のために貯めていたものである。

徳島県警は同一犯人による強盗放火殺人事件と断定し、翌5月、父子とパチンコ仲間で知人の小池俊一を殺人と死体遺棄容疑で指名手配した。徳島県警は「おい、小池」のポスターを作製し、全国の交番に掲示したので、容疑者の知名度は上がり、数多くの情報が寄せられたが、逮捕に結びつく有力な情報は得られず、捜査は行き詰まっていた。

■容疑者はどのようにして発見されたのか

2012年10月19日、岡山市北区の雑居ビルの自宅トイレで男性が倒れているのを仕事から帰ってきた同居するパート従業員の女性(67歳)が見つけ、警察と救急に通報したが、警察が駆けつけた時には既に死亡していた。死因は心臓疾患によるものだった。

この男が後で小池俊一容疑者(52歳)と判明するが、岡山県警は変死なので、警察署内で監察医による検案を行ったにも拘わらず、小池容疑者と気づかず、指紋の照合も行わなかった。その後、葬儀が行われる際に、葬儀業者は同居する女性が男性の本名を知らないことを知り、不審に思って「本名が判らないと火葬できない。」と警察に通報し、遺体の指紋を照合したところ、放火殺人容疑で指名手配中の小池俊一と判明した。

捜査は素人の葬儀業者が些細な疑問から大手柄をあげたのだが、反面、警察は大いに面目を失ってしまった。事件発生以来、県警は専従捜査室を設置し、「おい、小池」のポスターを約108万枚配り、警察庁捜査特別報奨金まで用意して、必死に小池容疑者を追いかけてきた努力が実を結ばなかったからである。

■どうして容疑者は11年の間逃げ続けられたのか

第1には同居の女性に生活の面倒をみてもらっていたことである。松田さんから奪った4000万円の預金を引き出せなかったことで、小池はチラシ配りで生計をたてていたが、女性と親しくなり、同居してからは、仕事もせず、女性から小遣いをもらってヒモのような生活を送っていた。
女性は交番の巡回に対しても「一人暮らし」と答え、小池の存在を隠していた。女性は警察の事情聴取に「小池俊一とは知らなかった。名前を言わないので、自分が勝手に小笠原準一と呼んでいた。」と述べている。

第2に手配写真と別人とも見える容貌の変化があったことである。色白で痩せていて、顔も皺だらけで、手配写真よりずっと老けて見えたとの証言がある。

第3に小池容疑者が住む雑居ビルは岡山有数の繁華街にあり、街に溶け込み目立たず、普通の生活を送っていたため、都会の人々の関心の対象にならなかったことがあげられる。

■警察庁捜査特別報奨金300万円はどうなったか

容疑者が逮捕されないままの死亡確認は今回が初めてであったが、「被疑者死亡で発見され、逮捕など事件の解決につながった情報はない」として警察庁捜査特別報奨金300万円は支払われなかったが、私は葬儀屋さんがせめて半分の150万円を受け取る資格があると思うのだが…。


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