
「日本国の始まり」や「日本人のルーツ」とされる出雲の地は、「古事記」や「日本書紀」、「風土記」に記されているなど、日本の“神話のふるさと”と言えます。縁結びの神様として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)をまつる出雲大社。国宝である現在の御本殿は1744年に造営され、これまで3度の遷宮が行われてきましたが、平成20年4月から60年ぶりとなる「平成の大遷宮(だいせんぐう)」が行われています。
平成の大遷宮は、“はじまりのとき”に立ち返るという壮大なよみがえりの物語であり、まさに出雲大社の「原点回帰」だと言えます。出雲大社が「蘇(よみがえ)りの思想」と説明しているように、大改修で本殿を新たにすることで、神が降臨した時代を再現し、遷宮を終えた神様にお参りすることで、自分の原点を見つめ直し、生まれ変わる力や新しいご縁、つまり「再生の力」を授かることができます。
“平成の大遷宮”が今年3月末で完遂するのを記念し、2019年3月2日、古代出雲の文化について考えるトークショー、声優による日本神話 朗読劇「古事記-出雲国(いずものくに)神話集」(文化庁主催)が開催されました。
「わたしたちは、いつから動物と会話ができなくなったのか?」
トークショーで登壇されたのは、國學院大學名誉教授の辰巳正明先生とテレビでもお馴染みの社会学者の古市憲寿さんです。会場は、立ち見がでるほどの大盛況です。
最初に、辰巳先生により、出雲神話についての基調講演がありました。動物神から人格神への文化交代の説明では、京都の松尾大社での「石見神楽」奉納、「大蛇(オロチ)」の演目が頭に浮かび、世界樹の説明では、自然界にあるものを神と崇めているアイヌ文化の思想を思い出しました。興味深い神話の背景が、わかりやすく、詩的な表現で説明されました。
古市さんが加わり、古代出雲についてのトークショーが始まりました。そもそも社会学とは?と、疑問に思う方も多いのではないでしょうか。古市さんと12人の社会学者の対談集「古市くん、社会学を学び直しなさい!!」では、社会学について、「政治学や法学、経済学など他の社会科学がカバーしていない領域を研究する学問」、「生活者の目線で見えているものとは違う、新しいものの見方を提供する。」との見解がありました。社会学者の越境人でもある古市さんが、出雲神話をどの視点からどのように切り取るのか、期待が高まります。
初めて訪れる出雲をじかに感じるために、前日から講演直前まで、出雲大社や日ノ御埼など見て回ったそうです。穏やかな空気感、人込みの無さ、開発されていない海岸線について、日本の原風景を見たように語られていました。出雲神話での、男性(例:オオクニヌシ)が何かを成し遂げる際に、窮地を救う女性(例:スゼリヒメ)がいる点に、現代の文化である漫画「島耕作」との共通点に注目するなど独特の視点です。古代の若者像と現代の若者像との比較、古代出雲の東アジアとの交流と現代の島根の他との交通網や交流への意識など、異なる時代でも平等に世界を俯瞰的に見ているような気がしました。
辰巳先生は、神話に触れるにあたり、来場者の心に響く言葉をいくつも投げかけられました。
「わたしたちは、いつから動物と会話ができなくなったのか?」
「僕らは歴史を創っているのではなく、神話をつくりつづけている。」
世界は割り切れるものだけではなく、説明が難しいものもあります。
日本の文化はにじみ出てくる雰囲気が大切であり、事柄の中で神話を見てはいけない、心の中で神話を見ていく意義を語られました。
古市さんは、「物語は、救いがすごく大事だと思っている。ただ事象を記述した物語ではなく、人類の夢や可能性がつまっている物語が、今の時代でも受け入れられている。」と話されていました。共通しているのは、なぜそうなったのか、これからどうなるのだろうと想像することができる、精神がつくりあげている世界観を重視していることでしょうか。合理的な考え、ただ情報を受け取ることになれている今、改めて想像していくことの楽しさ、感動する心を持つことの大切さを認識することができました。また、社会学が、多様な意見を受け入れ、さらに別の視点を探し続ける、寛容で可能性を広げる学問なのだと感心しました。
心や頭が、少し柔らかくなり、澄んだ気分で、本日の朗読の舞台、出雲大社、東神楽特設ステージに向かいました。芥川龍之介の「老いたる素戔嗚尊(すさのおのみこと)」、古事記「大国主命(おおくにぬしのみこと)」を原作とした出雲にまつわる神話を朗読劇にし、深作健太監督が構成・演出を担当しました。深作健太監督は、映画監督であるとともに、最近では舞台の演出家としても活躍され、すぐれた作品を数多く残されています。
始まる前、秒針の音が鳴り続け、過去へタイムスリップします。スモークに差し込むライトに照らされ、神々しい雰囲気が漂う中、現代の語り部である声優5名が登場しました。
アニメ「ヲタクに恋は難しい」(ヲタ恋)の二藤宏嵩役などで知られる伊東健人さん、中島ヨシキさん(アニメ「ヒナまつり」新田義史役など)、神尾晋一郎さん(ゲーム・アニメ「あんさんぶるスターズ!」鬼龍紅郎役など)、阿澄佳奈さん(アニメ「ヤマノススメ シリーズ」倉上ひなた役など)、山崎はるかさん(「同居人はひざ、時々、頭のうえ。」(ハル役) など)です。
出雲大社の方角に体を向け、全員が一礼しました。出雲大社の御本殿を背に、そこに祀られている「神」を演じるという声優陣の緊張感も相当でしょう。
「はじめは何もなかった」 の言葉から、朗読劇が始まります。神の誕生と古事記のプロローグ的な説明が入り、その後出雲大社に縁の大きい葦原醜男(アンハラシコオ)のエピソード、因幡の白兎を含め、数々の出雲の神話が続きます。神話に出てくる神様が驚くほど人間的であり、怒りや裏切りへの感情が圧倒的な声量で表現され、聴き手の想像力を掻き立てます。山々に囲まれたステージだったので、声がこだまして聴こえました。ステージの背に繁る木々、吹きすさぶ風、自然さえも力を貸してくれているのではと思わせる演出でした。
神尾さんの素戔嗚尊(スサノオ)は迫力があり、スサノオが逃げる葦原と須世理姫へ咆哮(ほうこう)した瞬間、あたりに強い風が吹き、この場所ならではの臨場感です。遠い神話の時代から、車のクラクションや街のノイズの音共に、現代に戻りました。
声で語られることにより、想像がかきたてられ、来場者はそれぞれの絵を描いたことでしょう。実力派声優の卓越した演技力と深作健太さんの様々な趣向を凝らしたダイナミックな舞台演出、出雲大社という特別な場所、観る者のイマジネーションを最大限に刺激するパフォーミングアーツの無限の可能性を示されたような気がします。
平成が終わり、また新たな元号がはじまります。出雲大社の「平成の大遷宮」事業の完遂に伴い、4月13日には、和楽器バンドの公演、4月20日は山崎まさよしさんの公演などが予定されています。(詳細は、SAP公式ホームページ(https://www.sap-co.jp)を参照)
日本が一つの節目を迎えるこの時期に、「神話の国 出雲」、いや「神の国 出雲」で特別な春のひとときを過ごしてみてはいかかでしょうか。心に絵を描くことができた、あの日を思い出すことができるでしょう。
M.Sawaguchi
ライター、輸出ビジネスアドバイザーとして活動中。
早稲田大学文学部にて演劇を専攻し、能、狂言、歌舞伎、浄瑠璃といった日本演劇、西洋演劇、映画について学ぶ。一方で、海外への興味も深く、渡航歴は30か国以上。様々な価値観に触れるうち、逆に興味の対象が日本へと広がる。現在は、外資系企業での国際ビジネス経験を元に、実際に各地に足を運び、日本各地発の魅力ある人、活動、ものについて、その魅力を伝えることで世界が結ばれていくことを願い、心を込めて発信中。