消えた名画の数々が蘇る…色褪せることのない陶板名画美術館「大塚国際美術館」

ゴッホが憧れた日本の技術によって蘇った「ひまわり」

パリでの生活に疲弊したファン・ゴッホは、1888年芸術家たちが互いに助け合いながら生きる共同体をつくろうと、南仏アルルに移り住んだといいます。日本画を通じて日本への憧れを抱いていたゴッホは、アルルの地を日本に見たて、その胸の高鳴りをゴーギャンへの手紙の中で綴っています。陰影を消し去った浮世絵のような平坦な色調に、スケッチブックを持って歩く画家が印象的な一枚「タラスコンへの道を行く画家」。

ゴッホの「タラスコンへの道を行く画家」
写真:ゴッホ「タラスコンへの道を行く画家」

そこに描かれているのは、理想郷、アルルでの充実した日々を描いた、ゴッホの唯一の全身自画像です。その強い意志は目の青い輝きとなり、自分を取り戻したゴッホの心境は、自身のみにつけられた濃い影になったように感じます。そこには、不遇の人生を歩んだ狂気の天才画家といわれる、人間ゴッホの“あるべき姿”がありました。

ゴッホの「ひまわり」
写真:ゴッホ「ひまわり」

ゴッホの濃い影は、私自身が10年前、東京での仕事に忙殺されていた日々の中、エスケープするかのごとく訪れた南仏プロヴァンスの強い日差しを思い出させます。そして、対面に展示されているロイヤルブルーの背景色の“ヒマワリ”は、まさにそのときの太陽そのものでした。心を揺さぶる2枚の絵は、本来ならば、見ることは不可能でした。第2次世界大戦空爆を逃れるため地下の岩塩抗に避難させたものの、忽然と姿を消した「タラスコンへの道を行く画家」。芦屋市で阪神大空襲の折、焼失した幻の「ヒマワリ」。数奇な運命を辿った2枚の絵は、ゴッホが憧れた日本の技術によって、運命かのごとく蘇りました。
ここは、過去と未来が交差する空間を創り上げた、陶板名画美術館「大塚国際美術館」です。

ゴッホの「ひまわり」

熱を持つような幻の“ヒマワリ”は、絵の具の盛り上がりまで立体的に再現され、そっと触れた瞬間に、手の記憶が残ります。「7つのヒマワリ」の展示室では、香りの演出で、実際にラベンダーの香りが漂い、少し色あせたプロヴァンスのラベンダー畑が脳裏に浮かびます。その中に、柚子やレモンの香りが混じり、その柑橘系の爽やかな香りに、柑橘類の産地でもある徳島に対する特別な想いを感じるのです。

大鳴門橋

大塚オーミ陶業の特殊技術で蘇る陶板名画の数々

渦潮で有名な鳴門海峡のほど近く、海と山と光に包まれた穏やかな瀬戸内海国立公園内に「大塚国際美術館」があります。“世界中の名画を一堂に見られる美術館”として、大塚グループの創業75周年事業として計画され、1998年に開館しました。世界26ヶ国・190余の美術館が所蔵する西洋名画1,000余点が、ほぼ網羅されています。原画の著作権者・所有者から陶板名画として複製をつくることの許諾を得て、大塚オーミ陶業の特殊技術によって、約2万色を駆使し、オリジナル作品と同じ色合い、原寸大の陶板で忠実に再現されています。鑑賞ルートは約4kmで、地下3階から地上2階の広大な展示スペースに、床や壁、天井にいたるまで立体再現(環境展示)された展示もあり、ダイナミックで現地にいるような空気感です。元来オリジナル作品は近年の環境汚染や地震、火災などによる退色劣化のリスクがありますが、陶板名画は約2,000年以上にわたってそのままの色と姿で残ります。

エル・グレコの大祭壇衝立画
写真:「エル・グレコの大祭壇衝立画」

かつてスペインのマリア・デ・アラゴン学院には、エル・グレコの大祭壇衝立画がありましたが、19世紀初頭のナポレオン戦争で破壊され四散し、現在では幻の祭壇画となっています。スペインとルーマニアの別々の美術館に収められていた6枚の絵が、祭壇のかたちで推定復元されています。額縁も時代考証を踏まえ、限りなくオリジナルに近いものが、製作されていました。

「スクロヴェーニ礼拝堂」
写真:「スクロヴェーニ礼拝堂」

また、イタリアのパドヴァにある、「スクロヴェーニ礼拝堂」が、環境空間ごと再現されていました。ブルーの天井が、強烈な印象を残します。

「聖ニコラオス・オルファノス聖堂」
写真:「聖ニコラオス・オルファノス聖堂」

「聖ニコラオス・オルファノス聖堂」の聖母マリアを表すマドンナ・ブルーは、どこかオリエンタルな色合いです。聖ニコラオスは、サンタクロースの起源となっている人物といわれています。

床の陶板画

床にも、モザイクでつくられた豪邸の絵があり、本来の場所である床に描かれています。耐久性にすぐれた陶板名画ならではの展示です。

「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠」
写真:「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠」

「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠」は、大塚国際美術館では最も大きな額縁絵画で、幅10メートル高さ6メートルあります。

写真:「最後の晩餐」修復前
写真:「最後の晩餐」修復前

「最後の晩餐」修復後
写真:「最後の晩餐」修復後

原寸大のダ・ヴィンチによる「最後の晩餐」の壁画が、修復前・修復後と向い合せで展示されており、二枚の絵画の違いをゆっくりと見比べることができます。修復後に、イエスの口が半開きであること、魚の皿にレモンがのっていること、足が描かれていることなどが分かりました。


写真:モネ「大睡蓮」

印象派を代表する画家モネは、日本でも非常に人気が高い画家の一人でしょう。モネには、自分の絵を“自然光のもとで見て欲しい”という願いがありました。その願いを実現すべく、大塚国際美術館では「大睡蓮」を屋外に展示しています。時間帯や季節によって変化する自然光のなかで、さまざまな表情を見ることができるのは、陶板ならではの見せ方でしょう。毎年6月から9月頃になると、周りの池では、色とりどりの睡蓮が花を咲かせ、移ろいゆく自然の美しさと共に酔いしれることができます。

「フェルメールギャラリー」では、各地の美術館が所蔵する作品5点の原寸大陶板を同時に鑑賞できます。


写真:フェルメール「牛乳を注ぐ女」

「牛乳を注ぐ女」は初期の傑作で、上流階級の女性を描くことが多かったフェルメールには珍しく、台所で働く若いメイドが描かれています。壁、パン、陶器などの質感がリアルで、注がれる牛乳の描写のらせん形状まで表現されていました。大塚国際美術館では、フェルメールの日本未公開作品「ヴァージナルの前に立つ女」の原寸大再現した陶板も、2019年4月20日(土)より公開、常設展示となるそうで、楽しみがつきません。

訪問した人々にかけがえのない時間と機会を提供する大塚国際美術館

初代館長でもある大塚正士氏の鳴門海峡の「一握りの白砂」から始まった過酷な挑戦の背景には、「地元徳島への感謝」「人類の宝を次世代に伝えたい」という強い想いがあります。その想いは、現在美術館を運営する方々に、脈々と受け継がれています。今回、美術館を案内していただいた学芸部 土橋加奈子さんから、絵や壁画の多岐にわたる情報、陶板美術の詳細な工程、海外との交渉、携わる人々の情熱そして徳島の他の藍染や人形浄瑠璃の文化など、幅広く丁寧に教えていただきました。また、学芸部・山側千紘さんによる、ホームページ上のフェルメール「手紙を読む女」(「今月の一枚」:2019年2月)の記述にも感銘を受けました。

大塚国際美術館内

大塚国際美術館に訪問した人々の心に寄り添い、美術館を舞台に様々なイベントを仕掛け、心の中にあるものを触発し、かけがえのない時間と機会を提供しています。
訪れた人は、それぞれのストーリーを見つけることができるでしょう。以前、現地を訪れ思い出となっている一枚と邂逅(かいこう)し、感慨にふける方もいるでしょう。ここに来て、多くの名画を眺め、いつか実際に現地を訪ねてみたいと想いを募らせる方もいるかもしれません。ここで夢を叶えるだけではなく、新たな夢を見つけることができるのです。それは、まさに“夢のつづき”がある美術館です。冒頭で取り上げた、「タラスコンへの道を行く画家」にも夢のつづきがあります。再現されたゴッホの全身自画像が注目を浴び、作品発見につながる夢です。眠っている原画のゴッホの青い瞳に、またあの熱い太陽が降り注ぐことを夢見るのです。

M.Sawaguchi
ライター、輸出ビジネスアドバイザーとして活動中。
早稲田大学文学部にて演劇を専攻し、能、狂言、歌舞伎、浄瑠璃といった日本演劇、西洋演劇、映画について学ぶ。一方で、海外への興味も深く、渡航歴は30か国以上。様々な価値観に触れるうち、逆に興味の対象が日本へと広がる。現在は、外資系企業での国際ビジネス経験を元に、実際に各地に足を運び、日本各地発の魅力ある人、活動、ものについて、その魅力を伝えることで世界が結ばれていくことを願い、心を込めて発信中。


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大塚国際美術館 http://o-museum.or.jp/
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