
米津玄師が紅白で歌ったあの場所から新作歌舞伎を発信
いくつものロウソクが灯され、抑えられた照明のもとミケランジェロの「最後の審判」や、壮大な天井画が浮かび上がります。幻想的で息をのむような神秘的な空間に、魂に響いてくる米津玄師さんの大切な人を失った喪失感を歌う「Lemon」の歌唱、菅原小春さんの圧巻のパフォーマンス。多くの人の心を震わせた、昨年の紅白歌合戦の一場面です。半永久的に名画が生き続ける徳島県鳴門市にある大塚国際美術館のシスティーナ・ホールからの中継でした。
そして、同じ場所で、“洋”の空気感に、“和”の芸術を融合させ、新たな世界観を生み出した芸術があります。創作による新作歌舞伎を徳島から発信することにより、新たな文化の発信となればと、2009年の第一回を皮切りに人気公演として定着した「システィーナ歌舞伎」(大塚国際美術館主催、徳島新聞社共催)です。
2019年は、2月22日(金)から24日(日)の3日間、この広大なホールの中央に、その舞台は用意されました。360度から見られるその舞台は、歌舞伎役者にとってはあまりにも過酷でしょう。しかし、息遣いが聴こえ、汗までもが見える、観客の臨床感を最重要視し、多くの観客に見てもらいたいという想いが、その舞台の配置を見るだけでも伝わります。
今年の演目「新説諸国譚(しんしょこくものがたり) TAMETOMO(ためとも)」は、軍記物語「保元物語」に登場する、剛勇無双の武将源為朝を描く、曲亭馬琴作の伝奇物語 「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」の世界をベースとした物語です。出演は、7回連続で主役を務める片岡愛之助さん、システィーナ歌舞伎には欠かせない存在の中村壱太郎さん、上村吉弥さん、今回システィーナ歌舞伎初出演の市川猿弥さん、宝塚出身の舞羽美海さんなど層々たる方々が名を連ねています。「椿説弓張月」といえば、三島由紀夫:作・演出による「三島歌舞伎」を思い出します。2012年には、為朝に市川染五郎さん(現松本幸四郎さん)が挑み、その時に家臣・高岡太郎を演じ、血しぶきとともに散ったのが片岡愛之助さんでした。
今回の「TAMETOMO」は、古典歌舞伎の枠を越え、多彩な演出がされています。作・演出の水口一夫さんの創意工夫とひらめきとアイディアにより、和と洋が織り成す、独創的なオリジナル作品に昇華されていました。琉球王国のお家騒動と、それを助ける為朝に焦点があてられています。
全身全霊で歌舞伎の面白さを表現したシスティーナ歌舞伎「新説諸国譚 TAMETOMO」
為朝役を演じるシスティーナ歌舞伎常連の片岡愛之助さんは、上方歌舞伎役者としての華やオーラがあります。明るくてパワフル、正義感や人への思いやりを持つキャラクターの源為朝は、まさに適役でしょう。愛之助さんのもう一役は、琉球の王女の忠臣、陶松寿(とうしょうじゅ)です。舞羽美海さんが演じる真鶴と互いに惹かれあうものの、結ばれることのないトリスタンとイゾルデのようなストーリーが観客を惹きつけます。二人の武将が見事に演じ分けられていて、愛之助さんの新たな代表作の一つとなる予感があります。
壱太郎さんは為朝の妻、白縫姫(しらぬいひめ)と、琉球王女の寧王女(ねいわんにょ)の二役を演じました。たおやかで可憐、それでいて色香と華にあふれています。以前、壱太郎さんは、「上方歌舞伎というのは、いわゆる“型”というものがなく、”性根”を芯にもった上での雰囲気が大切。」と語っています。壮大な舞台で、捨て身で夫を守る白縫姫の霊が寧王女に入りみせた立ち回りはあまりにも華麗です。360度からくる視線をものともせず、後ろ姿までもが観客を惹きつけます。
舞羽美海さんは、元宝塚歌劇団のトップ娘役ですが、ミュージカル、ドラマ、映画の分野でも大活躍されています。舞踊と音楽も披露され、培ってきたダンスや歌のレベルの高さに感嘆しました。鮮やかな“色”と“アクセント”を放ち、歌舞伎と宝塚の絶妙なコラボレーションが、多くの観客を魅了しました。
上村吉弥さんは、子ができず、第二夫人に子ができたため嫉妬心から寧王女をいじめる琉球王の第一夫人の中婦君(ちゅうふくん)を演じました。もう一役は、仙女魔琳(まりん)です。気高くて凛とした中に、妖しいまでの凄みや恐さを感じます。難解な役どころを楽しむかの如く余裕を持って演じられる姿に見入ります。
国を滅ぼそうと企む大敵、蒙雲国師(もううんこくし)を演じたのは市川猿弥。おどろおどろしい雰囲気、迫力と、まさにこの方しかいないと思うような配役でした。
物語の中心が琉球なことから、組踊(くみおどり)はもちろん、伝統的な紅型(びんがた)の衣裳や琉球舞踊で目を楽しませ、さらには島唄なども取り入れられていました。今年は、組踊ができて三百年の記念の年だそうです。激しいダンスや色彩豊かなライティングなど海外のショーを見ているかのようで、時間があっというまに流れます。幕間を、はさんで二幕目では、プロレスのリングが登場するなど、ユーモアも満載です。
幼心にも届く、初めて見た人でも理屈ではなく、素直に心が揺さぶられるパフォーマンスが散りばめられていました。元々、庶民の娯楽である歌舞伎を、気を張ることなく、楽しんでほしい、全身全霊で歌舞伎の面白さを表現したいという片岡愛之助さんや役者の皆さんの心意気が伝わります。
「”かぶく”気持ち、魂を忘れずに、新しいことにチャレンジする精神を大事に」
終演後、別室のスクロヴェーニ礼拝堂にて、愛之助さんが、大塚国際美術館のシスティーナ・ホールで演じることへの想いを語られました。
第一声の言葉は、「ただいま!という気持ちです。ここに来ると、帰ってきたという気持ちになり安心します。」
続けて、「厳かなシスティーナ・ホールだからこそ成立する芝居、それをつくることができることをありがたく思います。いろんな歌舞伎があるということを知ってもらいたいことと、”かぶく”気持ち、魂を忘れずに、新しいことにチャレンジする精神が変わらないことを大事にしたい。システィーナ歌舞伎が生んだ「GOEMON」含め2作品が、後に大劇場でも上演されたように、ここから生まれた歌舞伎を発信していきたい。ここから生まれたということはすごく嬉しくて、再演のできる作品をどんどん作っていきたいと思います。」
回数を重ねてきたシスティーナ歌舞伎が創造の源泉となり、つくり手の情熱とともに脈々とあふれ出し、これからの歌舞伎をおおいに盛り上げていくことでしょう。
片岡愛之助さんは、もう一つのライフワークとして、44年間廃屋状態だった近畿最古の芝居小屋「永楽館」(兵庫県豊岡市)が2008年に再開して以来、永楽館(えいらくかん)歌舞伎の座頭を務められています。永楽館歌舞伎でも、必ず初役に挑戦され、水口一夫さんや中村壱太郎さん、上村吉弥さんともに、役者と会場が一体になり、永楽館歌舞伎の独特の世界が創り上げられています。ここシスティーナ・ホールでも、システィーナならではの和と洋が融合した新たな文化が生まれているような気がしました。大阪万博の誘致委員会アンバサダーも務めた愛之助さんは、伝統芸能と最先端技術との融合にも期待を寄せているそうです。それは、どこか大塚国際美術館の姿勢と同じく、システィーナ歌舞伎が、愛之助さんにとっての”夢のつづき”のような気がしました。ミケランジェロの壁画を背にして、見得を切っている上方歌舞伎役者、片岡愛之助さんの姿に、イタリアの地で、オペラに負けない大喝采を浴びる愛之助さんの未来の姿をうつしたのは、私だけでしょうか。
M.Sawaguchi
ライター、輸出ビジネスアドバイザーとして活動中。
早稲田大学文学部にて演劇を専攻し、能、狂言、歌舞伎、浄瑠璃といった日本演劇、西洋演劇、映画について学ぶ。一方で、海外への興味も深く、渡航歴は30か国以上。様々な価値観に触れるうち、逆に興味の対象が日本へと広がる。現在は、外資系企業での国際ビジネス経験を元に、実際に各地に足を運び、日本各地発の魅力ある人、活動、ものについて、その魅力を伝えることで世界が結ばれていくことを願い、心を込めて発信中。