大相撲 平成31年三月場所 TOP

平成三十一年三月場所

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■取り組み速報
十三日目 十四日目 千秋楽
十日目 十一日目 十二日目
七日目 中日 九日目
四日目 五日目 六日目
初日 二日目 三日目

■優勝・三賞
優勝  白鵬(15勝0敗)
殊勲賞 逸ノ城(14勝1敗)
敢闘賞 碧山(12勝3敗)
技能賞 貴景勝(10勝5敗)

■番付
【東】            【西】
・白鵬    [  横綱  ] 鶴竜
・高安    [  大関  ] 豪栄道
・栃ノ心   [  大関  ] 
・貴景勝   [  関脇  ] 玉鷲
・御嶽海   [  小結  ] 北勝富士

・魁聖    [ 前頭筆頭  ] 遠藤
・大栄翔   [ 前頭二枚目 ] 妙義龍
・錦木    [ 前頭三枚目 ] 正代
・栃煌山   [ 前頭四枚目 ] 逸ノ城
・千代大龍  [ 前頭五枚目 ] 阿武咲
・隠岐の海  [ 前頭六枚目 ] 阿炎
・碧山    [ 前頭七枚目 ] 宝富士
・朝乃山   [ 前頭八枚目 ] 琴奨菊
・佐田の海  [ 前頭九枚目 ] 勢
・松鳳山   [ 前頭十枚目 ] 矢後
・竜電    [前頭十一枚目] 明生
・千代の国  [前頭十二枚目] 嘉風
・友風    [前頭十三枚目] 輝
・照強    [前頭十四枚目] 豊ノ島
・石浦    [前頭十五枚目] 琴恵光
・大翔鵬   [前頭十六枚目] 豊山
・千代翔馬  [前頭十七枚目] 


externallinkコメント一覧

大相撲 平成31年三月場所 TOP へのコメント 382件 』

  • 投稿者:匿名

    イヤー貴景勝は残念でならないね。
    でも完全に治して復帰してほしい。
    つき押しには、治せば影響がないが、上を目指すなら、四つも取らないといけないので、そこは不安が残る。

    4+
  • 投稿者:KON

    稀勢の里 横綱になった途端に大怪我で 短命に終わった

    貴景勝 大関になったとたんに怪我で休場 果たしていかに・・・  親方と相談して まず休場 という判断がきっと好結果になると思います。

    10+
  • 投稿者:KON

    貴景勝が休場
    新大関の貴景勝が、右膝内側側副靱帯損傷のため夏場所5日目から休場することを決めたと発表がありました。
    今朝16日の朝稽古後、師匠の千賀ノ浦親方が「無理に(相撲を)取って相撲人生を終わらせるわけにはいかない。ゆっくり時間をかけて治して欲しい」と話した。 5日目の対戦相手だった玉鷲は不戦勝になる。貴景勝はこのまま再出場せずに負け越せば、7月の名古屋場所はかど番で迎える。
    千賀ノ浦は前日から休場させる意向だった。「本人が一番悔しいし出たいとは思う」と弟子の意思を尊重しながらも、「私はもともと休場させるつもりだった」と明かす。貴景勝は早朝から病院を複数軒まわっており、MRIを撮るなどして、けがの詳細を調べている。
    貴景勝は前日4日目、小結御嶽海を寄り切ったが、右膝の内側を負傷。故障を招いた場面は、貴景勝本人いわく「投げを打った際」と言う。
    新大関場所で、あまりにショッキングな出来事。師匠は「けがは怖いですね…」と神妙な面持ちで話した。
    再出場の可能性については「考えていないですけどね。その辺はまだ今日病院に行ったばかりなので」と話すにとどめた。
    過去の新大関の休場は、現行のかど番制度となった 1969昭和44年名古屋場所以降、2018平成30年名古屋場所の栃ノ心以来8人目。
    翌場所も負け越して大関陥落したのは、過去に武双山だけ。武双山はその翌場所に関脇で10勝を挙げ、大関に復帰した。
    1999平成11年春場所で千代大海が休場、翌場所全休したが、公傷制度(当時)により陥落しなかった。

    令和時代幕開けのスターの怪我、このサイトで皆さんがおっしゃっていたように、やはり公傷制度を復活させておくべきだった。

    それにしても、千賀ノ浦親方の決断に拍手。  
    ニュースター遠藤の大怪我に休ませる選択肢を持たなかった追手風親方、横綱に一番近かった大関照ノ富士を休ませなかった伊勢ヶ濱親方、大胸筋断裂の新横綱稀勢の里を休ませることをせずに中途半端に出ては途中休場の繰り返しで引退に追い込んだ田子ノ浦親方・・・・
    これら、最悪の例の数を見てきて、 学習したのでしょうか?

    貴景勝は、名古屋での来場所、無理してでも出てこようとするでしょうが、 しっかり直してから、秋場所で10勝 という手段もあるので、
    まだ若いんだし、無理しないで欲しい。

    17+
  • 投稿者:匿名

    下のいつも通りの所にコメントしたら、載らないのかな?

    2+
  • 投稿者:KON

    温故知新・大相撲カレンダー
    5月13日―2
    1971昭和46年5月13日 優勝32回を誇る“戦後の大横綱”大鵬が、弱冠21歳の貴ノ花満に先手先手で攻められ、向こう正面で 寄り倒しで敗れ、この夜引退を表明。ついに柏鵬時代は完全に幕を下ろした。
    熱戦譜 昭和46年夏場所五日目 西小結 貴ノ花 (寄り倒し) 西正横綱 大鵬
     この場所まで二人の対戦成績は大鵬3勝、貴ノ花1勝。ちょうど100kgという軽量の貴ノ花が、優勝32回・体重145kgの大横綱大鵬に善戦し、三度目の対戦となった前年秋場所では熱戦の末、初勝利を挙げていた。

    同じ二所一門でこれからの相撲界の期待の星・プリンス貴ノ花との五度目の対戦は、五日目の結び前、いよいよ時間いっぱい。
    東の控えには、やはり二所一門の東正横綱玉の海が 結びの一番を待つ中、
    西から土俵に上がった大鵬は立ち合い、左からややかち上げ気味に出て、玉の海が見上げる東土俵際へ一気に押していったが、貴ノ花は右おっつけで大鵬の左喉輪を外し、右へ動いて左四つとした。 
      大鵬は下がりながら左掬い投げ、貴ノ花はこれを右の外掛けで堪え、逆に向正面に迫った。  劣勢の大鵬、今度は右から突いて左巻き落としにいったが、 腰砕け気味だった大鵬の逆転技なれど これは無茶で、貴ノ花は左差し手をというよりも全身で突き放して寄り倒した。
    貴ノ花は左に倒れたが、それよりも早く大鵬は土俵を割って尻から倒れ、そのまま向こう正面の土俵下=行司溜りへ落ちた。 短い時間ではあったが攻防の濃い一番だった。
    かくして大鵬は、初日の栃富士戦での敗戦につづいて尻餅が 2回、これでは横綱は務まらない。相手が次代を担うであろう貴ノ花でもあり、大鵬はこの一番を最後に、15年の土俵生活に別れを告げました。
    ただ、大鵬は 6日目の福の花戦も取りたいと言って、大鵬自身「これで自身最後の相撲としたい」と申し出たのだが、日本相撲協会から「死に体で土俵に上がる事は出来ない」と却下。 
    これは、“ 一度引退を口にしたものが土俵に上がるのは 生きるか死ぬかの闘いをする対戦相手にも ご覧になるお客様にも、相撲の神様にも失礼” という意味で、出場は受け入れられなかった。
     後年、元大関小錦も、幕尻近くで負け越しが決まった13日目の取組後に親方である高砂(元富士錦)が場所限りでの引退を報道陣に喋ってしまった為、千秋楽に家族を呼び寄せていた小錦本人が特に楽しみにしていた寺尾との対戦が叶わなず、家族に最後の土俵を見せられなかったというひと悶着がありました。

    この夏場所は、同じ道産子横綱である第一人者大鵬の引退に奮起した北の富士勝昭が6度目の優勝を14日目に決め、千秋楽でライバル玉の海正洋を上手投げで下して、初めての15戦全勝優勝を達成した。(その後、北の富士は二度も15戦全勝優勝を果たし、都合3度の15戦全勝優勝。これは、15日制導入移行では、白鵬・大鵬・双葉山・千代の富士・北の湖・朝青龍・貴乃花に次ぐ史上8位タイ。)
    ・・・北の富士さんって、やっぱり凄い横綱だったと改めて実感します。

    三賞は、新鋭の輪島が敢闘賞、 貴ノ花は二度目の殊勲賞(一度目は、大鵬に初勝利した45年秋=北の富士・玉の海という若い横綱二人には敗れたものの、 第一人者大鵬を下した一番が効いての殊勲賞。 
    ・・・大鵬に勝つというのは、ほかの横綱に勝つ白星二つ分の意味がありました。)

    16+
  • 投稿者:匿名

    しかし高安、どこか悪いのか?
    精彩なく早くも二敗目。優勝どころかカド番の怖れも。
    心配だ。

    2+
  • 投稿者:匿名

    荒れましたね!炎鵬のが足取りで勝つと、北の富士さん、噛みつき以外何でもやっていいんだからって、おばちゃんずは、吹き出しました。後半は大関達が負けると、北の富士さんは楽勝で勝てると言っていたが、外れて、失礼な事言った、自分もまだ修行が足りないと、きっぱりしてる所もいいな。
    遠藤やったり、孫と似てる、貴景勝は残念だな!

    4+
  • 投稿者:闘魂オヤジ

    貴景勝は残念でした、序盤は全勝でいって欲しかったんですが北勝富士の右おっつけが強烈でしたね。栃ノ心は見事に三連勝、明日は難敵の玉鷲ですが四連勝を期待しています☆ミ

    6+
  • 投稿者:匿名

    稀勢の里の引退式のチケットが当選しました。
    申し込む時には、サイトが繋がらず夜遅くになって、やっと繋がったので一応、応募しましたが。
    抽選だというので、ダメだろうなと諦めていたら席が用意できましたという封書が届きました!
    後は指定された期間にチケット代を振り込めばチケットが送られて来ます。
    稀勢の里の最後の姿を見られるかと思うと嬉しいですが。
    見納めだと思うと寂しい気持ちもあります

    5+
  • 投稿者:匿名

    元幕内清ノ森で元木瀬親方の檀崎政夫氏が亡くなりました。84歳でした。
    1961年夏場所、当時十両ながら幕内優勝した佐田の山に勝って話題になりました。

    6+
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