北海道の音楽文化のレジェンド髙瀨清志氏が仕掛ける、森の中に佇む文化遺産「芸森スタジオ」。著名アーティストが押し寄せる理由

札幌の喧噪を抜け出し支笏湖方面に車を走らせて30分、葉一つ無い枝で空を切る木々が車窓を流れ、山道を上がると雪の色が変わります。

札幌から支笏湖方面の雪景色

札幌から支笏湖方面の雪景色

音が極まり静寂になり、熱の無い静止した北の冬の風景。純白に色をつけるトドマツが連なるアプローチを抜けると、劇的な透明感が支配する世界に包まれた、滞在型レコーディングスタジオ「芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)」があります。

札幌から支笏湖方面の雪景色

蘇える世界レベルのレコーディングスタジオ!火を灯した二人

北海道の音楽文化の拠点にすべく、株式会社ウエス(本社:札幌市)の小島紳次郎社長と歌手の松山千春さんが、長く休眠状態だったスタジオを取得し、2008年に新たに運営をスタートさせました。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)

スタジオの再生に向けて、運営管理を託したのが、北海道の様々な音楽シーンの先端を走り、音楽文化を支えてきた髙瀨清志さん(株式会社SAVE 代表取締役副社長)です。

髙瀨清志さん

髙瀨さんは、自らも学生時代よりミュージシャンとして活動し、ヤマハのポプコン運営時代には新たな才能の発掘そして育成側にまわり、北海道の地方部まで奔走し当時無名だった中島みゆき、安全地帯を全国区へ送り出しました。北海道を代表する二大FMステーションの創成期の中枢を担い、ブレイク前の宇多田ヒカルのテープを聴き、いち早くラジオ番組を持たせるなど、国内の音楽業界に北海道の存在感を示す話題の影にはいつも髙瀨さんがいました。

長く創作の場として機能していなかった施設を再生していくには、相当な苦労があったといいます。「北海道の文化として残そう」との気概を持つ人たちの想い、髙瀨さんの「ここを拠点に音楽を発信していきたい」、「音楽産業に関わる人を育てたい」という想いで、廃墟寸前の建物の掃除からひとつひとつ始めたそうです。そこで、強力なビジネスパートナーとして招いたのが、現在株式会社SAVEの統括マネージャーを務める八坂ちはるさんです。

株式会社SAVEの統括マネージャー 八坂ちはるさん

髙瀨さんは、レコード会社でプロモーターを務めていた八坂さんの妥協することのない仕事への姿勢、アーティストにふるまった料理の魅力、配慮の細かさを記憶していて、多岐にわたる芸森スタジオの運営を行うためには、この人しかいないと判断されたそうです。

そこから、芸森スタジオを再生する使命を請け負った「最強の二人」が、音楽が生まれる瞬間の環境づくりに尽力され、その施設に命を灯していきます。冷え切った建物に、脈がうちはじめ、体温があがっていきます。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)

2010年、八坂さんが加入して間もなくして、坂本龍一さん(教授)の楽曲に大貫妙子さんが言葉を紡いで唄ったアルバム「UTAU」が芸森スタジオでレコーディングされました。初の著名アーティストの8日間の滞在を受け、そのときの緊張と混乱からくる楽しいエピソードを聴き、お二人の人柄も垣間見て、心が温かくなりました。“教授”は、スタジオのクオリティ、環境、ホスピタリティに感動され、キーボードも寄贈されたそうです。大絶賛の評判が、著名なアーティストに広がり、その後、山下達郎、竹内まりや、葉加瀬太郎、奥田民生、UVERworld、AK-69など多くの一流アーティストの名作が芸森スタジオから誕生しています。海外からも評価され、韓国、中国、シンガポール、ドイツ、イギリス、アメリカなどのミュージシャンがレコーディングで訪れる機会も増えています。
その世界トップレベルのスタジオを、髙瀨さんに案内していただきました。

録音スタジオには、ビートルズの音楽プロデューサーだったジョージ・マーティン氏が寄贈したコンソールが配置されたコントロールルームがあります。ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、スティングなども使用したコンソールだそうです。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)の録音スタジオ

メインスタジオの壁面は、札幌軟石とナラ材が使われ、ベース音の最も長い波長に合わせた天井の高さは7.5m、自然光が差しこみ、20人のオーケストラ演奏も可能なゆとりの音楽空間です。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)の録音スタジオ

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)の録音スタジオLudwig1967年製のドラムが置かれたドラムブース

札幌軟石の無数の細かい穴の影響により、残響音の吸収と反響のバランスが秀逸です。スタインウェイ社製フルコンサートグランドピアノ(Dモデル)が設置されたピアノブース、Ludwig1967年製のドラムが置かれたドラムブース、ボーカルブースと、用途により様々な個別ブースがありました。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)の録音スタジオ スタインウェイ社製フルコンサートグランドピアノ(Dモデル)が設置されたピアノブース

贅沢な施設にもかかわらず、目的に応じたスタジオ利用プランやオプションが用意されていて、一般の方もバンド合宿、CD制作など、自分の音と心ゆくまで対峙することができます。

芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ)の録音スタジオ

最高の音を創り出すホスピタリティ

環境、設計、機材すべてがハイクオリティで、宿泊棟も備わった音楽スタジオですが、リピーターが多い理由は、髙瀨さん、八坂さんの類稀なプロフェッショナルなサービスでしょう。
ミュージシャンと多くのビジネスをしてきた経験から、絶妙の距離感や心の配慮、雰囲気づくり、視点を変えるためのアドバイスを、当たり前のように自然に対応されています。

そして、多くのアーティストに愛され、SNS上でも話題の大型犬オーティス(ブルマスティフ種)が、愛嬌ある表情や仕草で、煮詰まった心を和ませます。

SNS上でも話題の大型犬オーティス(ブルマスティフ種)

数々の名曲が生まれる瞬間を共にし、今もなおUVERworld、AK-69をはじめとしたミュージシャンの心に生き続ける、先代キック(ブルマスティフ種)の意思を引き継ぐかのように、来訪者の心を癒します。芸森スタジオのレーベル名も、彼らに由来し「レコーズブルマス」として発足しました。

SNS上でも話題の大型犬オーティス(ブルマスティフ種)

そして、最大の魅力の一つが、八坂さんの料理でしょう。八坂さんは、アーティストの体調や嗜好を注意深く観察し、長期滞在でも毎回の食事が楽しみになるような“最高の家庭料理”を提供しています。また、節制されている方、ベジタリアンの方にも柔軟に対応されています。(次回、八坂さんの料理を紹介します。)

「人を喜ばせたい、驚かせたい。笑うときは、声をだして遠慮なく笑う。楽しさを見せたい、その雰囲気にここに来た人々を巻き込んでいきたい。ときには時間を掛けて、焦らずに。素のままで過ごせる場所にしたい。」と、八坂さんは語っています。

日々の緊張に満ちた感情や繊細な心は、要する時間は違いますが、自然に雪解けのように溶けていきます。

雪景色

心の振動や波長が、音にダイレクトに響き、ここでしか生まれない音が創り出されます。壁一面に貼られた、普段見ることができない、屈託のない笑顔と子供のような表情をしたアーティストの写真。家で暮らすように、リラックスした状態で過ごしてほしいという願いは、素顔の笑い声や珠玉の音楽になりました。壁面を彩る芸森スタジオファミリーの面々。その中に、大貫妙子さんの横で、腕を組む“教授”を見つけました。

壁面を彩る芸森スタジオファミリーの面々

滞在の最後の日、“教授”はリクエストされたそうです。
「夕食は、“家”のカレーが食べたい。」
最高のほめ言葉ではありませんか。

N.Shimazaki
Webメディアのプランナー・ライター・フォトグラファー。国際ビジネスコンサルタント。
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、システム、マーケティング、サプライチェーン、イベント等のアジアのリージョナルヘッドとして、多国籍のメンバーとともに世界各地で数多くのプロジェクトを遂行。世界の文化に数多く触れているうちに、改めて「外からみた日本」の魅力を再認識。現在、日本の手仕事、芸能等の文化、自然、地方の独創的な活動を直接取材し、全国、世界へと発信している。

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芸森スタジオ&Cloud lodge(クラウドロッジ) https://www.geimori-st.jp/
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