加害者の家族と和解する「赦し」への葛藤と解放【日本最大のクーデター事件「二・二六事件」と多磨霊園 ⑦ ~9歳で背負ったトラウマ~】渡邉和子

二・二六事件の当時9歳であった渡邉錠太郎教育総監の4人兄姉の末っ子の次女の渡邉和子は、その日、父と一緒の布団で寝ていました。襲撃と察知した渡邉錠太郎は、娘の和子を座卓の影に隠します。

 八畳ぐらいの寝室で銃撃戦が繰り広げられました。渡邉一人に43発の弾を撃ち込み、軍刀でとどめを刺して襲撃隊は引きあげました。一部始終に遭遇した和子は、襲撃部隊が去った後、「お父様」と呼ぶが事切れていたと回想しています。身を隠していた座卓にも銃弾の跡が残っており、堅牢な座卓だったため貫通しなかったことが幸いでした。

 生家は浄土真宗でしたが、母は父を失った娘の将来を悲観してキリスト教(カトリック)の雙葉高等女学校に入学させます。和子は献身的な修道女の姿に感銘を受け、1945年(昭和20年)18歳の時に洗礼を受けました。

聖心女子大学や上智大学で学び、29歳の時にナミュール・ノートルダム修道女会に入会。アメリカに留学し、ボストンカレッジ大学院で哲学の博士号を取得します。帰国後は、ノートルダム清心女子大学教授となり、36歳の若さで岡山県のノートルダム清心女子大学の学長に就任(1990年退任)し、長年にわたり教壇に立ち、学生の心を支え指導しました。

この間、うつ病を患い苦しい時期もありましたが復活し、マザー・テレサが来日した際には通訳を務めるなど精力的に活動します。2012年(平成24年)幻冬舎から刊行した『置かれた場所で咲きなさい』は200万部を超えるベストセラーとなります。このタイトルに和子はこのように応えています。「自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれました。その詩の冒頭の一行、それが『置かれたところで咲きなさい』という言葉だったのです」。

「汝の敵を愛せよ」と説くキリスト教の修道女ですが、実際には強い抵抗があったといいます。二・二六事件の加害者の家族と和解する「赦し」(ゆるし)への葛藤。9歳の時のトラウマが修道女になっても重くのしかかっていました。晩年は著書や講演で「赦し」への葛藤からの解放が語られています。

膵臓がんで、89歳で亡くなる三か月前まで教壇に立ち続けました。学園葬は追悼ミサとお別れ会が行われ、そこに二・二六事件で、父にとどめを刺したとされる青年将校の弟、安田善三郎氏(91歳)も出席し献花をしました。安田氏は事件から50年後の1986年、青年将校らの法要に和子が初めて訪れた時、偶然案内をすることになり涙ながらに謝罪したそうです。その後、手紙などを通して交流が始まり、和子が関東に講演で来る際は安田宅を訪れ食事を共にしたといいます。このような過程の中で、和解する「赦し」への葛藤も解放されていったことでしょう。

渡邉和子: 埋葬場所:12区1種10側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/W/watanabe_kz.html

渡邉和子さんのお墓

※渡邉和子の修道女名はシスター・セント・ジョン。渡邉錠太郎の妻であり和子の母の鈴子は、娘の心のケアを目的にカトリック系の学校に娘を入れましたが、修道女になることに当初は反対。和子はそれを押し切りなっています。時が経ち、鈴子自身もカトリックを信仰するようになり、洗礼名はマリアヨハンナ。なお、和子は生涯独身を貫きました。

【筆者プロフィール】
小村大樹(おむら・だいじゅ)
掃苔家・多磨霊園著名人研究家
1976年生まれ。1997年、大学生の時に多磨霊園の横にある石材屋でバイトをしたことをきっかけに多磨霊園に眠る著名人の散策を始める。1998年、当時インターネットが出始めた頃より「歴史が眠る多磨霊園」のホームページを制作。2018年開設20周年を迎える。
足で一基一基お墓を調査し、毎週1,2名ずつ更新をすることを20年間休まず実施(現在も継続中)。お墓をきっかけに眠っている著名人の生き様や時代背景の歴史を学ぶことをコンセプトにしており、掲載している人物は3000名を超える。
サイトを通じて多くの著名人のご遺族とも親交。歴史学者や郷土史家、出版社らの協力も惜しまず提供。一橋大学名誉教授の加藤哲郎『飽食した悪魔の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』(花伝社)では論文として考察される。『有名人の墓巡礼』(扶桑社ムック)では一部執筆を担当。中学社会科・高校地理歴史の免許を取得し、通信制高校で教壇にも立つ。
『歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだけではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことだ』『私が著名人だと思った人物は全て著名人である』がモットー。


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