
時刻は午前6時。美瑛の冬の空は、まだまだ暗く、星空の余韻が続いています。雪がすべての音を吸い込んだかのように無音の世界が広がり、まもなくすると紺色の空が東から白み始めていきます。体の感覚は、寒さより痛さを感じ、息を吸い込むと、驚くほど冷え切った空気が入り、「生きる」ために身体が必死の抵抗をします。
マイナス20度の世界が、徐々に正体を現します。空から舞い降りて来た光が、ふわりと地面に到達したその瞬間、空気中の水分も凍り、小さな氷となった結晶が光を乱反射させながら、空気中をきらきらと舞います。「ダイヤモンドダスト」と呼ばれる現象です。
そこに太陽光があたると空から地面に向って垂直方向に光芒(こうぼう)が浮かび上がるときがあります。それが「太陽柱」「サンピラー」と呼ばれる自然現象です。気温がある程度低い事に加え、風が弱い等の条件がうまく重ならないと見ることのできない珍しい現象です。
この日は、空気中の水分が少なく、きれいな光の柱(サンピラー)とはなりませんでしたが、それでもあまりに幻想的な氷の結晶の舞に言葉を失い、身体が浄化されていくような感覚になりました。氷の結晶が、樹氷を纏った樹々に少しずつ降りてきます。刹那的な、クリスタルのようにきらめく透明感に満ちた世界が出現しました。
美瑛の山の奥から、街に向かう途中、ダイヤモンドダストできらめく、樹氷に囲まれた小さな川に立ち寄りました。外気と水温の差で発生する水蒸気、川辺にできる幾重にもなった氷の層、枝に咲いた樹氷、これらすべて水で出来ています。
川面では不思議な現象が起きていました。雪が積もっておらず、風もなく、そして気温が低いなど条件がそろわないと見られない、フロストフラワーです。
フロストフラワーとは、川や湖などに張った氷の上に、氷から昇華した水蒸気が付着して氷の結晶を作り、それが発達して花のようにみえる現象です。別名「霜の花」とも「冬の華」とも呼ばれます。
ふと林の中を見ると、キツネあるいは鹿の足跡でしょうか。雪面に動物の足跡がついているのが見えました。この寒さの中、彼らは一体何を食べて、どのように生きているのでしょう。凍えてしまうことはないのでしょうか。そんな事をぼんやり考えてしまいます。
美瑛の丘も、圧倒的な銀世界に染まり、樹氷を根本から枝先までまとって真っ白に化した木が青空に映えます。
見渡す限りは雪の世界。何もかもが凍りつき、何もかもが押し黙る空間です。
氷点下20度の氷の世界は、限りない厳しさがあります。でもそこには、優しさと美しさが同居し、確かに存在する温もりと圧倒的な美があります。そして、「生きている」ことを強く実感するのです。過酷な自然の中の、生き物本来の姿。余計なものは何もなく、心臓の鼓動だけが聴こえる静寂を楽しむのです。
N.Shimazaki
Webメディアのプランナー・ライター・カメラマン。国際ビジネスコンサルタント。
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、システム、マーケティング、サプライチェーン、イベント等のアジアのリージョナルヘッドとして、多国籍のメンバーとともに世界各地で数多くのプロジェクトを遂行。世界の文化に数多く触れているうちに、改めて「外からみた日本」の魅力を再認識。現在、日本の手仕事、芸能等の文化、自然、地方の独創的な活動を直接取材し、全国、世界へと発信している。