たった1本のソーセージで…悲しい末路、知床財団のあくなき活動

魚のいない湖や川、野鳥やリスもいない森、そしてただ一面に広がる雪景色。考えただけでも、つまらなく、静寂に満ちた孤独な世界です。水面に広がる波紋、飛び跳ねる音、森に響く鳴き声、そして雪原の足跡。他の生物の息遣いを感じほっとしてしまうのが、人の本質であり、この大地で生きていることに、安心するのです。

知床に向かうオホーツク海沿い

動物たちが、雪が降る前の冬支度をする10月、向かったのはアイヌ語でシリエトク(地の果て)、世界遺産「知床」です。旅情を誘う網走から、知床に向かう海沿いの一本道は、左は冬に流氷で埋め尽くされるオホーツク海、正面の斜里岳が四季を映します。

世界的に高く評価される知床が誇る生物の多様性

小清水原生花園の原野の馬たち

右には、濤沸湖を望む小清水原生花園の原野に、馬が放牧され、悠然とたたずむ道産子の姿に、サラブレッドとは縁のない自由な運命を感じます。そこには、子馬もいて群れとしての社会が存在しています。「天に続く道」として有名な国道334号線・244号線の全長約18kmの直線道路に立ち寄り、いよいよ知床に近づきます。

国道334号線・244号線の全長約18kmの直線道路

知床が世界的に高く評価されるポイントは、独自性・特徴のある生態系、生物の多様性です。流氷が運ぶ栄養分によってプランクトンが養われ、豊かな海の生態系が形成され、オオワシやアザラシなどがその恵みを受けます。また同じく海の栄養を蓄えたサケもふるさとの川を遡上し、海から陸に栄養分が運ばれ、そこでヒグマ、シマフクロウなど山の生き物の餌になり、海と陸の豊かな生態系の相互作用が知床に特有の自然をつくっているのです。

知床には、北海道内で140羽程度しかいないと言われる絶滅危惧種シマフクロウや、希少植物シレトコスミレ、サケ・マス・イルカなど海の生物たち、ここで越冬しかつ繁殖する世界的に貴重な海鳥、ヒグマ、エゾシカ、アザラシ、トドなど、たくさんの大型ほ乳類も高い密度で生息します。

知床のエゾシカ

知床の道路を走ると、道脇には何頭もの鹿が佇み、角が立派な牡鹿には、その距離の近さを注意するかのごとくいななかれ、

樹々を飛び移り遊ぶリス達と目があいます。

知床のヒグマ

遠く眼下には、厳しい冬に備え、十分な栄養を蓄えるためにサケを狙うヒグマの姿がありました。ここは、ヒグマ達の棲家、「Bear country」なのです。このような生態系が守られている姿を見ると、やはり感動があり、「生きる」力強さを実感します。

たった1本のソーセージで狂いはじめたヒグマの命

知床のヒグマ

魅力ある大地は、その地を求めて多くの人が押し寄せます。それは、貴重な生態系が崩れる危険を常に抱えることになります。だからこそ、この自然を次代に受け継ぐためには、守り人の存在は重要であり、知床には、その危険に向き合ってきた歴史と現実があります。

知床・斜里町では約40年前から、「しれとこ100平方メートル運動」を行ってきました。これは当時乱開発の危機にあった開拓跡地を全国からの寄付によって取得し、原生の森を復元する事業です。その後も林野庁による国有林伐採計画に反対、知床の森林を「木材生産の森林」ではなく「原生的な自然を保護すべき森林」と位置づけさせ、知床の森林を守りぬき、世界自然遺産への登録につなげてきました。

その後は「100平方メートル運動の森・トラスト」として、現在も植林や保全の活動が続けられています。また、公園施設の管理運営や生態系の保全を行っている公益財団法人が、知床財団です。2005年に世界自然遺産に登録された知床の貴重な自然を、将来にわたって守り伝えるために、野生動植物の調査研究・保護管理、森づくり、ビジター施設の運営、公園利用者への情報提供、自然体験プログラムの実施等様々な仕事に取り組まれています。

関係者の懸命な努力のおかげで、生態系が守られ、動物が暮らせる環境を保持し、観光客は、そのダイナミックな生態系の一端を見ることができ、様々なことを学ぶことができるのです。

知床の代表的な観光スポット、知床五湖では、ヒグマ対策のための電気柵を設けた高架木道・展望台ルート、地上遊歩道ルートの2つの散策ルートがあり、オホーツク海と知床連山を眺めながらの散策や、生命力溢れる原生林や巨木巡りが楽しめます。今回は、自由に歩くことができる木道を歩き、一湖に映る知床連山の秋の絶景を見ることができました。

知床のビジター施設で、「エサやりがクマを殺す。」と書かれたポスターを目にしました。「ソーセージの悲しい最後」と題されたポストカードが作成、配布されています。このカードは2012年に始まった知床ヒグマえさやり禁止キャンペーンのひとつで、ヒグマにエサを与えないよう、観光客に自制を促しています。野生動物への人間の干渉や善意が野生のクマを死に追いやることがあり、同財団はそのようなことを避けるため、人前に現れたクマを追い払い、お仕置きをすることで人間を嫌うように学習させてきました。

知床

しかし、北海道の知床の森で暮らしていた、ある雌のクマは、観光客からソーセージを与えられたことによって、悲しい末路をたどります。人間の食べ物を知ってしまったことにより、彼女にとって人や車は警戒する対象から、食べ物を連想させる対象に変わり、最後には小学校そばに現れ、駆除の対象となってしまいました。

“彼女は知床の森に生まれ、またその土に戻って行くはずだった。それは、たった1本のソーセージで狂いはじめた。何気ない気持ちの餌やりだったかもしれない。けれどもそれが多くの人を危険に陥れ、失われなくてもよかった命を奪うことになることを、よく考えてほしい。” 

と、しめくくられています。

羅臼岳

紅葉に染まる樹々、既に落葉した樹々に、平地より一足先に近づく冬の訪れの予感が見えます。羅臼岳も、もうすぐ一面の雪に覆われ、この横断道路も間もなく閉鎖されます。厳しい知床の冬を、たくさんの生物は生きるための活動を続けるのです。

羅臼岳

野生動物たちは、厳しい自然の中でその本能を駆使し、生きることを営み続けます。人間が、それを妨げることは許されません。見守ることの大切さ、自然を守ることの大切さを一人びとりが自覚せねばならないことを、知床の地で学びました。

N.Shimazaki
Webメディアのプランナー・ライター・カメラマン。国際ビジネスコンサルタント。
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、システム、マーケティング、サプライチェーン、イベント等のアジアのリージョナルヘッドとして、多国籍のメンバーとともに世界各地で数多くのプロジェクトを遂行。世界の文化に数多く触れているうちに、改めて「外からみた日本」の魅力を再認識。現在、日本の手仕事、芸能等の文化、自然、地方の独創的な活動を直接取材し、全国、世界へと発信している。


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知床財団 https://www.shiretoko.or.jp/
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