格闘技界のスーパースターがサラーに「会ったことはないけどファンだ」

 ロシア人総合格闘家のハビブ・ヌルマゴメドフ氏が、リヴァプールに所属するエジプト代表FWモハメド・サラーを称賛した。イギリス紙『デイリーエクスプレス』が31日に伝えている。

 現在30歳のヌルマゴメドフ氏は総合格闘技史上最長である27戦27勝の無敗記録を持つ、UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)史上初のロシア人王者。格闘技界で輝かしい成績を残している。

 ヌルマゴメドフ氏とサラーはイスラム教徒で、同氏はサラーのファンであることを公言した。

「私はサラーのファンだが、会ったことはない。彼は偉大なプレイヤーであり、ロールモデルでもある」

「私は、アッラーがサラーと共にいるように感じているよ。若い人々はサラーのような人物から謙虚さを学ぶ必要がある」

「サラーは毎日、ヨーロッパで倫理観と価値観を広めている。彼は称賛に値するよ」


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格闘技界のスーパースターがサラーに「会ったことはないけどファンだ」 へのコメント 20件 』

  • 投稿者:(^q^;☀️)オカルトさん(By.ss)

    (^q^♪☪️)
    昔、友人から夕食をご馳走になった時に『カール ゴッチ』になります♪(´∀`☀️)…と言っていましたが、ある年代以上じゃないと分からない死語になりました。

    1+
  • 投稿者:(^∇^✡️)オカルトさん(By.ss)

    (/≧◇≦\((☆○=(゚Д゚⭐️)≡≡
    スタン ハンセン(1949年8月29日生~現在70歳☆デンマーク系アメリカ人)を思いだしました♪(^∇^⌚️)
    【YouTube動画】→『俺たちのスタン・ハンセン The King Of Lariat Stan Hansen』
    ■スタン ハンセンは、始めはアメリカン フットボーラーで、問題を起こして首になり、その後は教員をして同じテキサス州出身レスラーの、テリー ファンクからスカウトされて、教員よりも給料が良さそうなのでレスラーの道に入る。
    ■1973年1月1日の23歳でプロレスラーとしてデビューし、暫く後にレスラーのブルーノ サンマルチノの首を折り、米国では対戦相手が決まらずにいた時に、全日本から声がかかり、1975年の26歳に初来日して全日本プロレス デビューする。
    一時は1977年の時に、新日本に参戦するも、1981年に再び全日本に移籍した。
    ■両膝やその他が限界になり、2001年に引退。
    本人によると引退後は数回手術をして、ようやく痛みが落ち着いたと話していた。
    ■ハンセンには、先妻の長男&長女がいて、現在の日本人妻のユミ ハンセンさん&ユミさんとの間に産まれた次男がいる。
    ■長男のシェーバー ハンセンさん(1987年12月19日生~31歳)は、2011年の時にSマリナーズ(MLB6巡目)に入団しマイナーで3年した後の現在は、保険会社の営業している。
    ■次男のサミュエル ハンセンも野球選手だったが現在は、分からないです…(´-ω-`)у~~
    ♦️あのカウボーイ姿のテンガロンハット、ベスト、縄を振り回して、ウィ~~!!と叫ぶ姿が今も印象に残ります♪φ(゚∀゚⌛️)
    ウィ~!!(^o^⭐️)/

    1+
  • 投稿者:φ(^Д^✡️)オカルトさん(By.ss)

    昭和の頃に、よく来日していたダスティ・ローデス(1945年10月12日生~2015年6月11日69歳没)を何となく思いだしました…。
    初来日は1971年で、確か私の住む近郊の埼玉県飯能市での、ストロング小林とのタイトルマッチだった。
    技は何となくエルボーと四の字固めとパイルドライバーだけのイメージだったが、数多くのベルトを獲得していました(゚Д゚⭐️)
    4年前に自宅で意識不明になり亡くなった時は残念な気持ちになりました…(´△`☁️)
    ちなみに、息子のコーディ・ローデス(1985年6月30日生~現在34歳)も強いプロレスラーで、肥った父親のダスティ・ローデスのイマイチ顔と比較したら息子の筋肉質体型&顔立ちで、素晴らしい美男子と思いました♪φ(^Д^;✡️)

    1+
  • 投稿者:(´・ω・`⌛️)オカルトさん(By.ss)

    今思うと、キン肉マン消しゴム(キン消し)が、あれだけ大流行したのか分からん…(・_・`)
    他にも、様々な漫画やアニメキャラがありましたが、同じように消しゴムを発売しても、売上はイマイチだった。

    3+
  • 投稿者:(・_・⌛️)オカルトさん(By.ss)

    (o゚∀゚)=○)´3`)∴ ヾ(゚Д゚ヽレフェリー))
    今思うと、1970~1990年頃のプロレスが全体的に雰囲気が良かった感じがする。
    日米欧州共に、プロレス関連のTV番組、映画数、商品数、印象的なレスラーが数多くいました♪(´∀`☀️)

    4+
  • 投稿者:(´Д`⛑️)オカルトさん(By.ss)

    (⛑️´・_・) 香港では、マスク禁止法案化になりましたが、インフルエンザ防止の為にマスクすると思うし、他にも香港でプロレス開催する時に、マスク姿のレスラーや、覆面レスラーもいますので、今後どのようになるのか気になりました。

    2+
  • 投稿者:φ(゚∀゚⌛️)オカルトさん(By.ss)

    パンクラチオンは師範(サスカーロス)から弟子(パンクレイティスト)へと数千年にわたり継承していった。
    ■クレタ島を中心にしたミノア文明(クレタ文明)は、紀元前3650年(約5670年前)から紀元前1100年(約3120年前)迄続いていたが、紀元前16世紀(約3600年前)の出土したフレスコ画には、少年達(手袋又はグローブ姿)がボクシングしている姿が画かれている。
    ちなみに古代五輪でボクシングが正式種目になったのは、紀元前688年の2707年前からで、少年ボクシングは紀元前616年の2635年前から始まっている。
    ルールを無視したら、審判員達からムチ打ちされ、相手を殺害したら亡くなった者が勝者、殺害した者は処刑もしくは島流しの刑か二度と故郷の地に入れなかったらしい。
    (/≧◇≦\✝️)(´-ω-`☂️)(´Д`゚⛑️)

    4+
  • 投稿者:_φ(゚Д゚✡️)オカルトさん(By.ss)

    (ノД`((☆○=(゚Д゚♨️))
    ●Παγκρaτιον(パンクラチオン)は、古代の総合格闘技だった!!(;゚∇゚☠️)
    ◯古代ギリシャの古代五輪では、今から2667年前の紀元前648年からパンクラチオン競技種目が始まる。
    ◯ルールは目潰し&噛みつき禁止で、指や骨を折る行為は許可されていた。日没迄に決着しなかった場合は、ギブアップする迄互いの顔面を交互に殴り、中にはギブアップせずに亡くなる時もある。

    4+
  • 投稿者:(^∇^✡️)オカルトさん(By.ss)

    (/≧◇≦\)⭐️†ヾ(=`ェ´=ヽ✡️))
    アフリカのコンゴ共和国とコンゴ民主共和国には、変わったオカルト風(カオス)なプロレスラーが増えてきている。
    以前は数十人だったが、大小様々なグループが誕生して数千人単位になっている。
    巨大な大陸で、周辺国に飛び火したら日本&米国&Mexico以上のレスラーが数多く誕生すると思いますφ(゚∀゚♪)

    1+
  • 投稿者:(´△`゚☂️)オカルトさん(By.ss)

    (☁️´・_・) フリッツ フォン エリック(1929年8月16日生~97年9月10日68歳没)は、必殺技アイアンクロー(鉄の爪)で印象に残るが、その子供達(プロレスラー)は、私の家系みたいに呪われているのか、短命が多い感じがします…。
    私の腹違いの兄弟や妹達は四人中、三人が18~38歳で病死.溺死で亡くなり、父は40歳で心筋梗塞で永眠、私も24歳に心筋梗塞、30歳で怪我して数日間意識不明だったが何とか生きている。
    先ほどの話に戻るが、フリッツ フォン エリックには、六人の息子達がいた。→
    ■長男のハント(ジャック)は、幼い時に池に落ち、その池に電線があり感電死している。
    ■三男デビット(1958年7月22日生~25歳没)は、1984年2月10日に来日中に東京の宿泊したホテルで突然死。
    ■四男ケリー(1960年2月3日生~33歳没)は、1993年2月18日に拳銃自殺。
    ■五男マイク(1964年3月2日生~23歳没)は、1987年4月12日に精神安定剤の過剰摂取による服薬自殺らしい。
    ■六男クリス(1969年9月30日生~22歳没)は、1991年9月12日に拳銃自殺。
    □次男のケビン(1957年5月15日生~現在62歳)は、存命で息子達が受け継ぐようにレスラーをしている。
    ♦️私は今までに数度生死をさまよい、以前よりは死に対してさほど恐怖感は無いが、まだ何となくやり残した宿題があるので、それを終える前に亡くなるのを考えると独りで泣く事が度々あります…(ノ_・、)

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