来春スタートのドラマも執筆中の作家・倉本聰さんが語る至福のトークセッション -「富良野やすらぎの刻(とき)」

社会問題、宿命、死…逃げられない現実を描く倉本聰さんの作品

前回北海道富良野市の庭園「風のガーデン」をご紹介しました。「風のガーデン」は倉本聰さんが脚本した物語をドラマ化した際にロケ地として富良野に作り上げた「ガーデン(庭園)」です。倉本聰さんの描く世界は、決して光だけをとらえない。雪の美しさを描くと同時に、命さえも奪う厳しさを表現します。生きるということを、たやすいことだとは言わず、もがき、苦しむ、その精神的な葛藤を浮き彫りにします。見る度に、叩きつけられるのは、普段の生活で目をつぶってしまっている現実、考えることを忘れた社会問題や環境問題、走り続ける宿命、確実に訪れる死について、といった重いテーマが中心となります。

しかし、現実から目を背け、夢の世界にエスケープしたとしても、もどった現実の世界の色は変わらない。いやその色は、より暗く感じるかもしれません。倉本作品は重いテーマなれど、逃げずに現実と起こりうる未来に向き合ったとき、もどった世界に見える色が変わる。少し明るくなったような気さえします。

今宵の目的である「富良野やすらぎの刻(とき)~倉本聰プライベートライブラリー~」のフライヤーに書かれた倉本聰さんの言葉があります。

“人の心を洗う為に、僕は作品を書こうと思っている。
いわば 心の洗濯屋である“

倉本作品を鑑賞する度に、日常に流され、鈍感になっていた自分のズレに気づきます。基軸や根を思い出し、厳しい現実や未来に立ち向かう勇気が湧き出てきます。

北の劇場空間「富良野演劇工場」で倉本聰さんが語る「風のガーデン」

北海道では雪の知らせもちらつく10月の午後6時頃、車で到着した「富良野演劇工場」のまわりは、既に闇に包まれ、空気はひんやりと冷たく、ライトに照らされた樹々に紅や黄の色を見つけました。東京を中心に、各地の演劇ホールを訪れましたが、四季を感じる圧倒的な自然環境、さまざまな演出に自在に対応できる音響設備や照明設備、さらに15メートル(最大23メートル)の奥行、客席数300のこの北の劇場空間ほど魅了されたホールはありません。以前、バックヤードを見せていただきましたが、小劇場とは思えないレベルの楽屋やリハーサルルーム、ワークスペース、衣装室が配置されています。小さなお子さんの世話をしながら鑑賞できる親子室をはじめ、演者や観客の立場に立ったこだわりが随所にあります。この舞台には、富良野塾OBの人気公演、著名な俳優やアーティストだけではなく、地元の小中学生や市民も立ちます。夢と誇りを胸に抱いた人々の思いが響き合い、感動を共有する最適な環境があります。

「富良野演劇工場」に入ると、ドラマ「風のガーデン」の世界観が展開されていました。風のガーデンのキーワードともなる花の写真が通路を彩り、ドラマ撮影されたときの写真が林をのぞむ窓に設置されています。その中に、微笑む緒形拳さんの写真を見つけ、暫し佇みます。

「富良野やすらぎの刻(とき) 倉本聰プライベートライブラリー」は、1000本に及び倉本ドラマ作品の神髄や様々なエピソードについて、倉本聰さんご自身が、リビングルームのような雰囲気の中語られるという、なんとも贅沢な月に一度の無料の催しです。

第十六夜となる今回は、「風のガーデン」がテーマとなりました。医療現場、花、養蜂や株ビジネス含む経済の勉強、事前の膨大な取材や詳細な登場人物の履歴書の設定についても話されていました。

倉本聰作「風のガーデン」台本

風のガーデンの台本や履歴書は、特別にホールに展示されていました。これら貴重な資料が一般の方に公開されるのは今回が初めてのことです。”自然の中に幾何学的な直線はない”という倉本聰さんの言葉に、前回訪れた「風のガーデン」を思い出し、「なるほど」と頷き、”365個の花言葉がどのようにできたかの背景”に笑います。

ドラマ「風のガーデン」の演出・テーマ、俳優・緒形拳のエピソードなどいっぱいの至福の時間

トークセッションでは、中井貴一さん素顔の話、上野ファームのヘッドガーデナー・上野砂由紀さんにガーデンのデザインをお願いした背景、宮本理江子さんによる演出などなど…、幅広くかつ中身の詰まった興味深い話が満載でした。また、在宅医療、緩 和ケア、終末医療についても述べられていて、改めてそうした医療問題についても考える機会となりました。

様々なトピックの中で、最も長く話されたのは、やはり病気をおして出演された緒形拳さんについてです。肝臓ガンであることを公表せずに役に取り組み、最後まで俳優・緒形拳を貫く凄まじいまでの様子や想いは心をうちます。

特に印象的だったエピソードは、大滝秀治さんが、撮影の合間に、緒形拳さんに語りかけた「健康と元気は別物ですからね」という言葉。あまりにも貴重なエピソードの数々に、観客は時には固唾を飲み、また倉本さん特有のユーモラスな話に会場は笑いに包まれ、至福の時間があっという間に過ぎました。

(左から)森上千絵さん、太田竜介さん

(左から)森上千絵さん、太田竜介さん

舞台上で、聴き手となったのは、「風のガーデン」や「やすらぎの郷」にも出演されている森上千絵さん、久保隆徳さん、富良野演劇工場長の太田竜介さん、「やすらぎの郷」や様々な舞台で活躍されている松本りきさんです。いずれも倉本聰さん主宰のシナリオライターと俳優の養成機関「富良野塾」のご出身で、他の富良野塾OBの方々とともに、倉本聰さんの“想い”を共有し、様々な活動をされています。富良野塾のノウハウの蓄積を活かし、表現とコミュニケーションのワークショップ、観光アカデミー、人材育成等、富良野の「演劇によるまちづくり」の中枢を担っています。
(左から)久保隆徳さん、松本りきさん

(左から)久保隆徳さん、松本りきさん

また、富良野演劇工場は、三浦綾子記念文学館、後藤純男美術館と連携し、文学、美術、演劇が組み合わされた新たな取り組みを活発に行っています。富良野という土地が自然と触れ合う場所としてだけではなく、人と仲間と触れ合い関係性を深める大切な場所になっています。

北海道の「へその町」富良野の地から発信

美味しい農作物ができるためには、質の良い「土」をつくる必要があります。その土をつくることは、一朝一夕ではできません。富良野塾からはじまり、涙と汗がしみついた富良野演劇工場を中心の場として、富良野には“感動”を創る、豊かな土壌があります。これは、地域にとって、かけがいのない財産でしょう。

太田竜介さんが脚本・演出「みずのかけら」

現在、今回の第十六夜に登壇された、太田竜介さんが脚本・演出で、富良野塾OBユニットによる、家族の再生を描いた「みずのかけら」という作品が、10月27日28日の富良野演劇工場での公園を皮切りに、11月20日まで富良野町近郊にて上演されています。

筆者も2014年の「みずのかけら」、2017年の「二人の天使」に続き、10月28日の富良野演劇工場の公演を観劇しました。演劇が魅せる世界は益々進化を続け、会場は入りきらないほどの観客が来場し、涙と笑いに溢れた唯一無二の舞台に圧倒されました。

富良野GROUPによる舞台「走る」の中では、レースが終わると、また次のレースが始まろうとします。ゴールの先には、また新たなコースがあり、ゴールがあって、その繰り返し。「人生」とは、「夢」や「何か」を追い求めることの連続であるということを深く考えさせられた作品でした。

倉本聰さんご自身も、2019年4月スタートのテレビドラマ「やすらぎの刻 道」の執筆をはじめ、「走る」ことを止めません。富良野塾OBの方々も、中央からではなく地方から全発信するという積極的な姿勢で走り続けています。

人口2万2千人の北海道の「へその町」富良野の地で、多くの“感動”を創り続けるこの活動こそ、今後の地方創生の在り方の大きなヒントとなり、希望となるでしょう。

N. Shimazaki
Webメディアのプランナー・ライター・カメラマン。国際ビジネスコンサルタント。
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、システム、マーケティング、サプライチェーン、イベント等のアジアのリージョナルヘッドとして、多国籍のメンバーとともに世界各地で数多くのプロジェクトを遂行。世界の文化に数多く触れているうちに、改めて「外からみた日本」の魅力を再認識。現在、日本の手仕事、芸能等の文化、自然、地方の独創的な活動を直接取材し、全国、世界へと発信している。


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