これぞ中村屋…豪快な毛振りが月夜に舞う「東大寺世界遺産登録20周年記念 中村勘九郎 中村七之助 東大寺歌舞伎」

東大寺の大仏様は、正式名を”盧舎那仏(るしゃなぶつ)”といい、その意味は「あまねく光の仏」。釈尊が悟りを開いて最初に説法したとされる「華厳経(けごんきょう)」の教えでは、この大仏が宇宙全体を包摂するものとしています。東大寺の大仏様が見守る中、月明かり美しい舞台で、希代の名優十八代目・中村勘三郎さんが舞台に残した二つの魂、中村勘九郎さん、中村七之助さんが勇壮、可憐に舞う「東大寺世界遺産登録20周年記念 中村勘九郎 中村七之助 東大寺歌舞伎」が、2018年9月23日に開催されました。後半の今回は『連獅子』をご紹介します。

仔獅子から親獅子へ、『連獅子』にある頼もしい父親の表情を

中村屋親子の共演で、多くの人の記憶に印象深く残っているのは『三人連獅子』でしょう。通常、親獅子、仔獅子の二人で舞うところ、勘三郎さんが親獅子、勘九郎さん、七之助さんの二人が仔獅子として三人で舞うという豪華な舞踊でした。三人がまるで競うように、頭につけた長い獅子の毛を振り回す姿は豪快で、歌舞伎ファンの話題をさらい、その姿は今も心に残っています。

仔獅子で舞っていた勘九郎さんが、東大寺の地で、親獅子となり、中村虎之介さんが、仔獅子を演じます。東大寺の「連獅子」の舞台は、背景を置かずに、戸を開けた大仏殿を配し用意されました。親獅子がわが子を谷底に落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという伝説を再現したものです。深い谷底の水面に映る仔獅子の無事を確認した親獅子の気づきが、感動を呼ぶ瞬間です。

勘九郎さんの仔獅子を演じていたその面は、仔獅子が谷から駆け上がってくるのを迎えた頼もしい父親の表情と変わっていました。優しい眼差しと慈愛に満ちた笑みをまっすぐに虎之介さん演じる仔獅子に向けています。凛とした表情、きれのある動き、所作板を踏む力強い音、指の先々まで神経の行き届いた美しい手の表情。

親獅子が仔獅子を蹴落とす件のタイミングで、午後八時を知らせる梵鐘がまるで図ったかのように鳴り響き、そして梵鐘の音は仔獅子が谷底から這い上がるまで続くという、この場所ならではの奇跡に出遭いました。

間狂言(あいきょうげん)は、法華宗と浄土宗の僧がそれぞれの宗旨争いをするうちに、混乱してうっかり間違える「宗論(しゅうろん)」です。片岡亀蔵さんの勢いのある通る声と、中村小三郎さんの柔らかくも一歩も引かない頑固なやりとりに場が和みます。

クライマックスは親獅子と仔獅子の勇壮な毛振り

照明が落とされ、見守る大仏様が浮かび上がり、風の音、木々のざわめき、鈴虫が鳴き、静かに響く笛・・・それらをすべて呑み込む静寂の中、親獅子と仔獅子が登場します。クライマックスとなる勇壮な毛振りです。

獅子の精となって二人が揚幕とは別の、舞台奥に設けられた橋懸りのようなところから登場したかと思うと、すごい速さで後ろ向きに立ち去ります。


虎之介さんが親獅子の勘九郎さんの動きに、必死にくらいついていきます。勘九郎さんの体はバネのように柔軟で、体幹がブレることなく、豪快に続く毛振りは、眼が離せません。観客の熱もあがっていきます。親獅子の勘九郎さんの足拍子の合図で、正面を向き、毛を整えます。

鳴りやまない拍手が、東大寺に響きました。
勘九郎さんが、観客にお辞儀をした後、後ろの大仏様に深く頭を下げ、手を合わせていました。その時、勘九郎さんの脳裏に浮かんでいたのは、父勘三郎さんでしょうか。

中村屋を守り続ける強い覚悟

早すぎる別れに言葉を失った平成24(2012)年12月5日から、はや6年になります。この秋、歌舞伎座、平成中村座(東京 浅草寺境内)、2つの劇場で2カ月連続の十八世中村勘三郎追善の公演にあたり、勘九郎さんは、あるインタビュー記事で、「あまりにも早く逝ってしまった父を思うと、悔しさ、悲しみがまだまだあります」と率直な思いを吐露していました。

平成中村座をはじめ、納涼歌舞伎やコクーン歌舞伎などをつくり上げてきた十八世勘三郎さんを引き継いで来た勘九郎さんは、「舞台に集中するだけではなく、興行はじめいろいろなことに目と気を配らないといけないなか、胸に、心に、魂に残る芝居をし続けていた父の精神力、芝居を愛する心。あらためて尊敬しています」としみじみ語っています。自分もそういう輝く存在、発信する存在にならなければと…。

東大寺歌舞伎の親獅子の眼差しに、自分のことばかりではなく中村屋も周りのすべても背負い、改めて中村屋を守り続ける強い覚悟を見たような気がしました。
中秋の待ち宵月が、やさしく、穏やかに、勘九郎さんを見守るように照らしていました。

M.Sawaguchi
ライター、輸出ビジネスアドバイザーとして活動中。
早稲田大学文学部にて演劇を専攻し、能、狂言、歌舞伎、浄瑠璃といった日本演劇、西洋演劇、映画について学ぶ。一方で、海外への興味も深く、渡航歴は30か国以上。様々な価値観に触れるうち、逆に興味の対象が日本へと広がる。現在は、外資系企業での国際ビジネス経験を元に、実際に各地に足を運び、日本各地発の魅力ある人、活動、ものについて、その魅力を伝えることで世界が結ばれていくことを願い、心を込めて発信中。


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