
三重県伊賀市と滋賀県甲賀市、この両地域に共通する歴史文化といえば、忍者ですね。日本が誇るカルチャーの一つとして、サムライと並び世界に認知されているニンジャですが、2017年に日本遺産に認定されています。
日本遺産の認定は「ストーリー」が重要
そもそも日本遺産とはどういったものなのでしょうか。世界遺産は、法隆寺や白川郷などといった不動産に限定されている一方、日本遺産では「ストーリー」が基準とされています。日本遺産のポータルサイトから引用すると、「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを日本遺産として認定する」というもの。
有形無形を問わず、日本各地の様々な文化財群の保護を担保する一方で、魅力のある歴史文化をストーリーとして発信することで、各地域の地域活性化を図ることを目的としているわけですね。その対象は、歴史的経緯や伝承風習等を持ち、地域の魅力として発信するに値する明確なストーリーを持つ建造物や遺跡・名勝地、祭りなど。これら地域に根ざして継承・保存がなされている文化財を、文化庁の審査を経て日本遺産と認定されます。
日本に根付く魅力のある文化財を、クールジャパンとして広く発信していくわけです。2015年に初めて認定され、現在は『岐阜県、信長が作った町』『群馬県のかかあ天下と養蚕業』『愛媛県・広島県の村上海賊』『三重県明和町の斎王』など、日本各地のストーリーが認定されています。
忍者のストーリーとは?
そして冒頭の通り、三重県伊賀市と滋賀県甲賀市の忍者が、2017年4月に日本遺産に認定されています。さて、日本遺産に認定されるためにはストーリーが必要であるというのは前述しましたが、忍者が持つストーリーというと、どうしてもフィクションの忍者が思い浮かぶでしょう。漫画などで、フィクションとしての忍者は海外にも広く知られており、クールジャパンの筆頭みたいなものですね。
しかし、日本遺産として認定されたストーリーは、そういったエンターテイメント性をあえてとっぱらった「リアル忍者」としてのものでした。大名に使え、戦国の陰で活躍する一方、平時には農耕に勤しむ。農業以外にもきこりや山伏を生業にしたり、薬草の知識を身につけ、諸国を行脚し情報を集めるなど、独特の文化技術を育み忍者の技として形成されていきました。
今も伊賀市・甲賀市の両地域に残る忍者の面影など、そういった歴史的な背景や文化が日本遺産として認定されました。海外の人にとっては、いや日本人にとっても、忍者というと「分身の術」や「火遁」などの派手な「忍術」が思い浮かんでしまいますから、フィクションではなくかつて日本に確かに存在していた忍者を文化として改めて発信していくことは、非常に意義があることと思います。
【筆者プロフィール】
1987年生まれ。三重県出身、25年間三重県で過ごした後、現在は東京在住のライター。上京した際に、豊富な観光資源をもつ三重県が知名度が低いことにショックを受ける。三重県の魅力を日々発信するべく、三重県の情報メディアを運営中。
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