一生に一度はお伊勢参り 江戸時代の人々の夢を叶えた御師という存在

近年のパワースポットブームもあり、観光スポットとして不動の地位を築く伊勢神宮。かつて江戸時代には、「一生に一度はお伊勢さん」といわれるほどの人気だったといわれています。

ピーク時には、当時の日本の総人口3000万人のうち約500万人と、日本全国民の6人に1人が参拝していたといい、その人気の凄まじさがよくわかります。当時には庶民、特に身分の低い農民の移動には厳しい制限が設けられており、観光目的の旅行は厳しく禁じられていましたが、お伊勢参りであればほとんどの場合で許されたそう。

しかし、現代のように頻繁に旅行する文化もなく、情報も少なかったであろう庶民たちは、いかにして遠く伊勢の地まで旅をすることができたのでしょうか。その陰にあったのは、『御師』という存在でした。

御師(おんし)は、日本全国に伊勢信仰を広めてまわった神職。もともとは室町時代、日本各地の有力者を行脚し、伊勢信仰を布教して回る存在でした。古くから有力者の伊勢信仰は厚く、有力者の求めに応じて御神楽をあげる神職として登場します。戦国時代に入り、式年遷宮のサイクルが途切れてしまったことで、社殿修繕費に困っていた伊勢神宮にとって、御師が連れてくる有力者は非常に助かる後援者でありました。

江戸時代になると、御師は有力者だけでなく町人や農民にも布教をしていき、伊勢参拝を勧誘していきました。そしてひとびとがお伊勢参りに来たときには、宿泊や飲食、名所案内(いまでいうオプショナルツアーのようなものでしょうか)など一切をまとめて面倒を見たといいます。いわば旅のコンシェルジュであり、いまでいう旅行会社みたいなものでした。

いまは新幹線や飛行機であっという間ですが、当時は当然徒歩での移動。約1ヶ月かかったといいます。1日におよそ40キロを毎日歩き、遠く伊勢の地を目指した江戸時代のひとびと。一生に一度の旅を支えたのが御師という存在だったのですね。

江戸時代には大変だったお伊勢参りも、いまであれば東京から伊勢まで3時間あまりで到着できます。当時の道のりに想いを馳せながら、お伊勢参りはいかがですか?

 

【筆者プロフィール】
1987年生まれ。三重県出身、25年間三重県で過ごした後、現在は東京在住のライター。上京した際に、豊富な観光資源をもつ三重県が知名度が低いことにショックを受ける。三重県の魅力を日々発信するべく、三重県の情報メディアを運営中。

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