日本人初のメジャーリーガーをサポート!? 多磨霊園に眠る 「野球界の元祖に挑んだ二人 」【「歴史が眠る多磨霊園」スピンオフ vol.2】

2018年は大谷翔平選手がアメリカメジャーリーグで二刀流の大活躍をしていますが、今から84年前の1934年(昭和9年)、メジャーリーグで二刀流として活躍していたベーブ・ルース率いる大リーグ選抜チームが来日し、日米野球を行いました。その際、日本選抜チームのメンバーに日本人ではない人物が選抜されています。その人物は投手として大リーグ打者たちを次々と三者凡退にきってとり、デビュー戦を飾りました。その人物こそ、日本プロ野球で初の300勝投手となったヴィクトルスタルヒンです。

スタルヒンはロシア出身で、ロシア革命のあおりを受けて幼い頃に一家で日本に亡命してきました。北海道旭川で過ごし、旧制旭川中学校に在学時に日本選抜に抜擢され、活躍が認められた後は、1936年(昭和11年)から巨人軍に入団しエースとして活躍。戦争中は敵性外人として抑留され苦しい時期を過ごしましたが、戦後もプロ野球選手として復帰し活躍。1955年に引退しましたが二年後に車での不慮の事故で40歳の若さで亡くなりました。


写真は内村祐之氏の墓

スタルヒンが亡くなった7年後、1964年日本人初のメジャーリーガーが誕生します。南海ホークス(現在のソフトバンク・ホークス)からサンフランシスコ・ジャイアンツに野球留学に渡米をしていた村上雅則です。シーズン終了間際にメジャー昇格をして活躍。帰国する予定でしたが、当時の南海ホークスは日本一になるほど戦力が整っていたことから村上を放置していたため、村上は翌年のメジャー契約も結んでしまいました。それを知った南海が留学の際の契約を反故にして村上を帰還させるよう主張したことで、村上の保有権を巡り両球団間で紛糾が勃発してしまいました。これを収めたのが、日本野球機構コミッショナーを務めていた内村祐之です。結果、南海を妥協させる形で交渉が成立し、村上は1965年シーズンをメジャーでプレーすることができました。

内村祐之の父は キリスト教の代表的指導者の内村鑑三です。内村自身も学生時代は左腕投手として活躍し、精神医学者や松沢病院長を務める傍ら、東京帝国大学野球部部長や六大学野球連盟理事長を歴任し、また戦後の日本プロ野球界に尽力しました。内村は貧打のチームであっても守備を活かし守りで勝つ野球を戦術とした手法「ドジャースの戦法」を日本に紹介した人物でもあり、この本は川上哲治率いるV9に繋がる栄光の巨人軍のバイブルとなりました。1980年に82歳で亡くなりました。

異国の地で野球選手として活躍したスタルヒン。異国の地で活躍する選手をサポートした内村祐之。スタルヒンは1960年に、内村は1983年に野球殿堂入りをしています。元祖に挑んだ二人が多磨霊園に眠るのもまた不思議ですね。

 

【筆者プロフィール】
小村大樹(おむら・だいじゅ)
掃苔家・多磨霊園著名人研究家
1976年生まれ。1997年、大学生の時に多磨霊園の横にある石材屋でバイトをしたことをきっかけに多磨霊園に眠る著名人の散策を始める。1998年、当時インターネットが出始めた頃より「歴史が眠る多磨霊園」のホームページを制作。2018年開設20周年を迎える。
足で一基一基お墓を調査し、毎週1,2名ずつ更新をすることを20年間休まず実施(現在も継続中)。お墓をきっかけに眠っている著名人の生き様や時代背景の歴史を学ぶことをコンセプトにしており、掲載している人物は3000名を超える。
サイトを通じて多くの著名人のご遺族とも親交。歴史学者や郷土史家、出版社らの協力も惜しまず提供。一橋大学名誉教授の加藤哲郎『飽食した悪魔の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』(花伝社)では論文として考察される。『有名人の墓巡礼』(扶桑社ムック)では一部執筆を担当。中学社会科・高校地理歴史の免許を取得し、通信制高校で教壇にも立つ。
『歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだけではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことだ』『私が著名人だと思った人物は全て著名人である』がモットー。


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ヴィクトル・スタルヒン 埋葬場所: 外人墓地区 1種 2側 http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/H/victor.html 内村祐之 埋葬場所: 8区 1種 16側 29番 http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/A/uchimura_y.html
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日本人初のメジャーリーガーをサポート!? 多磨霊園に眠る 「野球界の元祖に挑んだ二人 」【「歴史が眠る多磨霊園」スピンオフ vol.2】 へのコメント 2件 』

  • 投稿者:匿名

    ベーブルースは、厳密に言えば投手から野手に転向した人。

    二刀流を戦前で言えば野口二郎だろうな。何せ規定打席と規定投球回数を同時に達成した鉄人、大先輩ですわ。

    1+
  • 投稿者:匿名

    スタルヒン投手に内村コミュッショナー。
    どちらも現職時代を存じないけど、素晴らしい先人であった事は理解している。

    2+
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