大相撲 平成30年一月場所 TOP

■優勝・三賞
優勝  栃ノ心(14勝1敗)
殊勲賞  栃ノ心
敢闘賞  阿炎 竜電
技能賞  栃ノ心

■取り組み速報
十三日目 十四日目 千秋楽
十日目 十一日目 十二日目
七日目 中日 九日目
四日目 五日目 六日目
初日 二日目 三日目

■番付
【東】            【西】
・白鵬    [  横綱  ] 稀勢の里
・鶴竜    [  横綱  ]
・豪栄道   [  大関  ] 高安
・御嶽海   [  関脇  ] 玉鷲
・貴景勝   [  小結  ] 阿武咲

・北勝富士  [ 前頭筆頭 ] 逸ノ城
・嘉風    [ 前頭二枚目 ] 琴奨菊
・千代大龍  [ 前頭三枚目 ] 栃ノ心
・正代    [ 前頭四枚目 ] 荒鷲
・隠岐の海  [ 前頭五枚目 ] 遠藤
・宝富士   [ 前頭六枚目 ] 勢
・千代翔馬  [ 前頭七枚目 ] 千代の国
・栃煌山   [ 前頭八枚目 ] 魁聖
・松鳳山   [ 前頭九枚目 ] 千代丸
・照ノ富士  [ 前頭十枚目 ] 安美錦
・琴勇輝   [前頭十一枚目] 大翔丸
・蒼国来   [前頭十二枚目] 輝
・豪風    [前頭十三枚目] 大栄翔
・阿炎    [前頭十四枚目] 豊山
・石浦    [前頭十五枚目] 錦木
・竜電    [前頭十六枚目] 朝乃山
・大奄美   [前頭十七枚目]


externallinkコメント一覧

大相撲 平成30年一月場所 TOP へのコメント 336件 』

  • 投稿者:KON

    昨日の小平奈緒選手の「日本女子スピードスケート初の金メダル」、凄かったですねえ。平均視聴率21.4%・瞬間最高視聴率34.6%。 韓国の地上波では59.3%だったそうです。
    一昨日の「羽生結弦の金メダル2連覇」では平均視聴率33.9・瞬間最高視聴率は46.0%という驚異的な数字で、開会式の平均28.7%を大きく上回りました。

    テレビ離れが進むこの時代での数字は凄いですね。一昨日といい昨日といい、涙腺が崩壊してしまいました。
    イッテQ「イモト・南極最高峰に挑戦」が19.2%と大健闘していた為、小平選手の実況中継が40%に届かなかったようですが、それにしても、(どちらも)たいしたものです。

    大相撲中継の視聴率は、
    昨年の春場所千秋楽、新横綱稀勢の里の感動の逆転優勝 平均視聴率22.4%。 これは、2010年以降では最高の視聴率で、特に、稀勢が大怪我しながら照ノ富士を大逆転した一番では、瞬間最高視聴率が33.3%に達しました。

    90年代の若貴ブームの時には15日間平均でも視聴率が20%を超えていたという記録が残っています。
    最近では、2018今年の初場所の中日八日目が平均18%だったそうです。

    角界の歴代最高視聴率は
    1  1981昭和56年初場所・千秋楽 1月25日 52.2% 千代の富士・北の湖戦  千代の富士、初優勝
    大相撲史上歴代最高視聴率記録更新の52.2%   瞬間最高視聴率は驚異の65.3%
    角界のニューヒーロー・千代の富士と、憎らしいほど強いといわれた北の湖の一戦。14日目を終わって関脇・千代の富士が全勝、横綱・北の湖は13勝1敗。千秋楽の本割では、意地を見せた北の湖が勝ち、両者14勝で優勝決定戦へともつれ込んだが決定戦では、千代の富士が強烈な上手出し投げで北の湖を土俵に這わして初優勝。

    2  1975昭和50年春場所・千秋楽 3月23日 50.6% 貴ノ花・北の湖戦  貴ノ花、初優勝
       大相撲中継史上歴代最高視聴率・・・(6年後に千代の富士・北の湖戦に抜かれた)
      13勝1敗の貴ノ花と12勝2敗の北の湖の対戦となり、貴ノ花が負けて13勝2敗同士の優勝決定戦にもつれ込んだ。決定戦で北の湖を下し、悲願の初優勝。興奮した観客が投げた座布団がかつてないほど乱舞、さらに表彰式、本来なら審判部長の高砂が優勝旗を渡すべきところ、春日野理事長の粋な計らいによって、兄であり師匠でもある二子山審判部副部長の手から渡された。優勝旗授与の瞬間、『土俵の鬼」と言われた二子山の目には涙が浮かんでいたのをNHKのカメラが捉えていた。

    3  1978昭和53年九州月場所・千秋楽 11月26日 42.1%  2代目若乃花、全勝優勝
       年間完全制覇を懸ける北の湖が初日麒麟児に敗れる大波乱。千秋楽、一敗の輪島が三重ノ海のしぶとい相撲の前に寄り切られて二敗、14戦勝ちっ放しの二代若乃花の優勝が決定した。 若乃花は北の湖を破って初の全勝優勝を飾った。

    小平選手の故郷茅野市とほど近い木曽郡出身の御嶽海や、貴景勝、阿武咲、北勝富士らが、順調に育っていって横綱・大関に名を連ね、熱戦を繰り広げていけば、そしてそこに遠藤や竜電らが絡んでいけば、大相撲中継もまた30%台となる可能性があるでしょうか?

    12+
  • 投稿者:匿名

    福祉相撲見てるけど、勢唄うまいな。
    相撲甚句もうまい。
    唄も相撲に関係あるから、細かい事言わない、言わない。
    おっ、高安が唄うわ。

    2+
  • 投稿者:匿名

    暴れん坊将軍見てたけど、サブちゃん扮する、め組の頭とは、偉い違いだ。
    勉強になるな。力士教習所で、教えてほしい。
    誰が来たとか、唄の事より、勉強になる!
    ありがと、konさん。

    9+
  • 投稿者:KON

    2月16日
    1782天明2年。谷風梶之助が、荒石長五郎を下し、1778安永7年からまる5年間かけて、98連勝を達成しました。
    江戸の本場所(1月と10月)の間を利用して京都本場所と大坂本場所にも出場していた谷風は、あわせて112戦98勝0敗1分2預11休み(=相手が急に休み→今でいう不戦勝)。このうち、江戸の本場所では63連勝、京都本場所と大坂本場所を足しての98連勝記録でしたが、この98連勝
    のほかにも、1782天明2年2月場所、終盤から天明6年までのあしかけ5年で82連勝(江戸では43連勝)を記録しました。

    2月17日
    1782天明2年2月場所七日目。谷風が小野川喜三郎に敗れ、連勝は98でストップ。江戸・京都・大坂の本場所での100連勝ならず。
     実はこの場所、初日の対戦相手だった鞍手山と五日目の岩戸崎が恐れをなして休場してしまったので、不戦勝のなかった時代につき、谷風も休み扱いとされ相撲を取れませんでした。
    「タラ・レバ」ですが、この二人が出場し谷風と対戦していれば、小野川との対戦の直前で100連勝となっていたのかもしれません。
    そして、この場所の優勝(相当)は関脇の虹ヶ嶽となり、谷風の連続優勝は6場所でストップ、しかし谷風は翌場所から無敗、4場所連続優勝しています。
    その間、小野川とは、寛政3年までの8年間、毎場所のように熱戦を繰り広げ、谷風勝利→無勝負→引分け→勝負預かり→小野川勝利→谷風勝利→勝負預かり→小野川勝利→引分け→無勝負→谷風勝利→無勝負という結果でした。
      さて、天明2年の谷風の敗戦は、江戸の町のみならず、京都や大坂はもちろん、全国で大騒ぎとなり、『小野川という力士はどんな力士だ?』と、勿論、飛行機や電車もない時代に、京都・大坂はもとより、北陸や東北、山陰や九州から…と全国至るところから人が続々と押し寄せた為、両国界隈を中心に、江戸の街はたいそう賑わい、宿(旅籠)はどこも満員、食事処も盛況で、男たちの遊び場である岡場所まで繁盛していたそうです。 そんなこんなで、無敵大関谷風の敗戦というニュースにより江戸の相撲は大人気となりました。

    12+
  • 投稿者:KON

    大相撲 2月の出来事

    2月16日
    1805文化2年。 江戸の町中を巻き込んだ「め組の喧嘩」が勃発しました。
    九竜山と四つ車らが、芝居の見物をするのに木戸銭を払わぬ者を同行させていた、め組の鳶・辰五郎や長次郎らを咎め、衆目の中で恥をかいた辰五郎と長次郎が仕返しして、喧嘩となり、4時間にわたって大立ち回り、仲間を加勢に呼ぶために火の見櫓で早鐘を鳴らした辰五郎達は、江戸の町中を混乱させた罪で江戸追放となったそうです。

    時代劇「暴れん坊将軍」では、徳田新之助が居候する「め組の頭」である辰五郎たちは、善人という設定ですが、実際には、血の気が多い「瞬間湯沸し器」のような暴れん坊だったようです。
    当時の江戸の感覚なら喧嘩両成敗という見方もあったのですが、町方のいざこざを管轄する勘定奉行も出張ってきたのに、相撲興行を取り仕切る寺社奉行の発言力が優勢、結果として、最後に判決をまとめた評定所の裁定は、一方的にめ組の側を処罰、百たたきの上「江戸処払い(ところばらい)」にするなど、力士側にかなり甘い裁定となりました。
    相撲協会が警察や検察といい関係なのは昔からだったんですねぇ。
    現役横綱の大鵬&柏戸や幕内力士北の富士が拳銃密輸した事件でも、新聞記事はわずか12行、一応、書類送検されたものの、証拠品の拳銃と実弾は見つからないまま、主犯の若羽黒だけが逮捕され、あとは本所警察により、ほとんどうやむやに終わらせてしまいました。

    14+
  • 投稿者:匿名

    ↓1992年春場所初土俵の151人の内、関取になったのは13人、主な力士は若の里、旭天鵬、隆乃若、旭鷲山、智ノ花(幕下付け出し)ですね。

    5+
  • 投稿者:KON

    間違えました

    貴花田たちが新弟子だったのは、1988昭和63年でした。 1992年の151人の新弟子は、貴花田たちに憧れて入門してきたもので、たいへんな間違いでした。
    申し訳ありません

    10+
  • 投稿者:KON

    春近し 2

    3月3日…住吉大社奉納土俵入り
    →住吉大社奉納土俵入り(手数入り)は、一般客の入場は無料ですが、一昨年が2500人、昨年は新横綱稀勢の里をひと目見ようと3500人以上もの大相撲ファンが集まって「方屋手数入り(かたやでずいり)」=住吉大社や出雲大社、明治神宮で行なわれる横綱土俵入りの俗称、
    に、カメラを向け『ヨイショぉー!』と声をかけました。
    観覧に行かれるのでしたら、開始時間(午後1時)の2時間前には住吉さんに着いて並んでないとならないようです。

    そして、やは3月3日 
    1992平成4年には192人が新弟子検査を受けた。そのうち151名が合格。
    若貴フィーバーの影響は新弟子の数にも大きく影響しました。 当然、本場所中での出世披露にて、土俵上に上がりきれなくなってしまう珍事となりました。
    元々、就職場所と言われる春場所は、新弟子数が多めなので、五日目と九日目に出世披露を行ないます。三番出世があれば十二日目にも披露があります。それにしても、151名というと単純に3で割っても50名、 土俵に一度に上がって蹲踞の姿勢は取れないですねえ。
    その151名の中に、貴花田、若花田、曙、魁皇、和歌乃山がいました。

    3月9日…取組編成会議
    →初日と二日目の割を決めます。小結と前頭筆頭の力士が横綱と当てられるのが最近の慣例となっていますが、過去には例外もありました。
    昭和47年初場所初日は、横綱北の富士対大関琴櫻でした。

    3月10日…土俵祭り
    →会場は、エディオンアリーナ=大阪府立体育館、(前称はボディメーカーコロシアム) 
     入場無料、前の方の舛席でご覧になれます。 早めに行けば、舛席の最前列に座れます。
     朝の9時半~午前11時 このくらいで終わります。
     三役以上の全力士と横綱、親方衆 が紋付姿で参加します。  終了後、サイン、記念撮影のチャンス

    13+
  • 投稿者:KON

    春場所にむけて

    2月25日(日曜)…関取から取的から全力士が新幹線に分乗して大阪へ乗り込みます。
    新大阪駅でシャッターチャンス! 
    昨年は、東京駅発13時33分ひかり515号→新大阪16時26分着などでしたが、
    今年はどうでしょう?その前の「東京発13:30のぞみ37」「東京発13:23のぞみ285」という可能性もあります。

    東京駅構内には、新幹線出発の一時間ほど前から、力士たちが集合していて、鬢付け油の甘い香りが構内に漂っています。乗車券か入場券で駅構内に入場すればシャッターチャンスは増えますね。
    また、多くの力士は、両国方面から総武線と山手線・京浜東北線で東京駅を目指すでしょうから、遭遇できる可能性は高いですね。
    横綱大関は車でしょうから、八重洲口に横付けして降りてくるか、八重洲地下駐車場から構内に入るかと思います。

    2月26日…春場所の番付発表
    →新三役(小結)に遠藤が入れるか?初場所、前頭五枚目で9勝でしたが、三枚目で8勝した千代大龍のほうが上か?微妙なところです。

    2月27日…力士会開催
    86年前の春秋園事件で天竜たちが要望した力士協会設立は結局叶わず、協会に多少意見を聞いて貰える会合として存続しています。

    13+
  • 投稿者:KON

    大相撲…2月の出来事

    2月13日
    1932昭和7年のこの日。 番付を再発行しました。
     1月場所の番付発表の翌日に勃発した「相撲歴史に残る一大事!春秋園事件」で、力士が大量に「改革者」天龍三郎と大ノ里についていき、相撲協会を脱退し「新興力士団」として独立してしまった為、2月13日のこの日、番付を刷り直して再発行しました。
    この力士大量脱退(幕内40名のうち29名、十両22名のうち19名の脱退)により、幕下→十両の下位力士が一気に番付を繰り上げられました。よって、東西の前頭15枚まであった幕内番付(横綱や三役を入れて40人)は、幕内東西7枚目まで、横綱と三役を足しても22人に激減しました。
    この措置により、前の場所が十両5枚目で7勝4敗だった双葉山は、本来の番付では十両どまりだったのに、一気に幕内四枚目に上がれたのでした。

    そもそも天竜ら力士達の不満・改革要求は
    1.相撲協会の会計制度の確立とその収支を明らかにすること
    2.興行時間の改正、夏場所は夜間興行にすること
    3.入場料の値下げ、角技の大衆化(枡席を少なくして大衆席を増やすこと)
    4.相撲茶屋の撤廃
    5.年寄の制度の漸次廃止
    6.養老金制度の確立
    7.地方巡業制度の根本的改革
    8.力士の収入増による生活の安定
    9.冗員の整理<・・・無駄な人員の整理>
    10.力士協会の設立と力士の共済制度の確立 というものでした。

    15+
  • 1 2 3 34

    コメントを残す

    日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)