80~90年代日本車が北米で大人気のワケ 日本の実情にハマる「15/25年ルール」とは?

いま北米で日本の中古車が大人気といいます。しかも25年以上前の、80~90年代初頭のものが飛ぶように売れているとか。そこには北米独自のルールと、日本ならではの自動車事情が絡み合っていました。

日本のかつての名車たちが北米へ流出している?

 近年、80年代~90年代の日本車が北米(カナダ・アメリカ)で大変人気が高くなっています。日本車といっても、当時北米で販売されていた車ではなく、日本で製造、販売され日本のユーザーが乗っていた右ハンドルの日本の中古車です。車種でいえば日産「スカイライン」や、マツダ「RX-7」、トヨタ「スープラ」や三菱「デリカ」、同「パジェロ」などの車種です。

 本来、右側通行の国であるカナダやアメリカでは右ハンドル車の輸入は認められていません。理由は、右ハンドル車の走行は危険とされていること、そして、他国の自動車を簡単に流通させないための、関税の一種のようなものともいえるでしょう。日本はご存知の通り、左右どちらのハンドルでも輸入、登録、走行が可能です。そして、輸入車に対する関税もゼロです。 そのようなわけで、北米では一般ユーザーが乗れないはずの右ハンドル車ですが、「25年ルール」(カナダは15年)と言われるとある規制緩和措置によって、80-90年代に登録された日本の中古車がスポーツカーや4×4を中心に、どんどん北米に流れて行っているのです。 アメリカで25年ルールが適用されるのは、製造から25年が経過した車です。また、カナダではそれより10年早く「15年ルール」が適用されます。前述のように、カナダやアメリカの北米では右ハンドル車の走行はできませんが、15/25年ルールの適用によって、輸入販売が可能になるというわけです(アメリカでは25年ルールをせめて20年に、できればカナダと同じ15年に短縮させよう、という動きが自動車メディアやユーザーのあいだで盛んです)。

 実は、25年ルールとはハンドルの位置に関する規制だけが緩和されるわけではありません。アメリカは車検の代わりに、「スモッグテスト」と言われる排ガス検査がありますが、そのような検査も関係なくなります。シートベルトがないクルマもOK。つまり製造から15/25年(カナダ/アメリカ)を経過すれば、北米で車を輸入、販売、走行に関わる全ての規制がなくなると言って良いでしょう。

 最近の日本車は製造から25年経過してもまだまだ現役で問題なく乗れる車が多いので、北米で引っ張りダコとなり、日本での中古車価格も高騰している状況にあります。ただし気を付けないといけないのは、合衆国政府は25年ルールでOKを出しても州ごとに、たとえば「シートベルトがないクルマはダメ」「州独自の排ガステストに合格しないとダメ」といった決まりを設けている場合もあります。その場合は州の規制が優先されます。

25年ルールで人気の日本車とは?

 すでに25年ルールが適用されて、大量の日本の中古車が海を渡って北米の地で元気に走りまわっています。カナダではひと足早い15年ルールとなるため、現在は2002(平成14)年までに日本で製造された車なら輸入OKとなります。

 具体的には日産「スカイライン(R32)」「シルビア」、トヨタ「カローラレビン/スプリンタートレノ(AE85/AE86)」「スープラ」「ハイエース」「ハイラックスサーフ」、三菱「デリカ」「パジェロ」、スバル「インプレッサ」、スズキ「キャリイ」に代表される軽トラ、などなど。北米仕様が設定されなかった日本車に人気が集中しています。映画『ワイルドスピード』の影響も大きく、この映画によって80~90年代の日本製パフォーマンスカーの人気がぐっと高まりました。

輸出の現場の声は?

 熱狂的なJDM(Japanese Domestic Market、日本国内市場を意味し、転じて日本仕様の日本車のことを指す)ファンは、アメリカで新車時から販売されている左ハンドルのクルマではなく、よりホンモノの日本車を求めて、わざわざ右ハンドル仕様を輸入する人もいるようです。

 日本全国のオークションを経由して、北米向けに日本の中古車を輸出しているパシフィック・コースト・オート(横浜市都筑区)を経営するデレク・ウェルドンさんは、「自分の国で売っていないクルマに乗ることはとてもエキサイティングです」と話します。「当社で人気があるのは90年代の日本製スポーツカーとディーゼルエンジンの4×4ですね。この時代の日本車はとくにスタイルが良いです。パフォーマンスも素晴らしく、JDMのアイコニックなクルマが豊富に揃っています。また、例えば『CIVIC CR-X』など、北米で販売されていたクルマでも、日本仕様とはスペックが違うケースが少なくありません。北米では115馬力、日本では160馬力の仕様で、さらにフルグラスルーフと、後部座席もついています。北米の自動車愛好家はこのような日本仕様のクルマに憧れています」(パシフィック・コースト・オート デレク・ウェルドンさん) 加えて、日本の中古車は走行距離が少ないことでも知られているそうです。たとえばドイツ車の流通も多い日本市場ですが、ほかの国より走行距離が少なくコンディションの良いものが見つかりやすいそうで、デレクさんは「BMW『M3』やポルシェなどのスポーツカーも手に入りやすいですね」と話します。

外国から日本の中古車はどう見られている?

 パシフィック・コースト・オート社のウェブサイトには、「WHY JDM?」と題し「なぜ、日本で使われていた日本車が中古車として優秀なのか? 人気があるのか?」について書かれています。もちろん、日本車そのものの性能が良いこと、壊れにくいし、古い車でも部品の供給がスムースであることなどは前提としてありますが、これらに加え、「日本における車の使われ方、所有のされ方」について言及されているのでご紹介します。●パシフィック・コースト・オート「WHY JDM?」より抜粋・日本は車を所有することに北米よりもはるかにたくさんの制限がある。ガソリン、税金、駐車場も高く、車庫証明なども必要なので、車を持てる層は限られている(つまり一定以上の収入がある人しか車を所有できないので、大切に扱われている車が多い)。・2年に一度(新規登録時は3年)車検があるので、古い車であってもきちんと走れる車がほとんど。・車の整備や点検は、ほとんどのユーザーが認証を得たプロの整備業者やディーラーに任せている。・日本の都市部では公共交通機関が発達しているので都市部で所有されていた車は特に走行距離が少ない。・10万キロ程度で抹消登録(廃車)にしてしまおうと考えるユーザーも多数。・…などなど。 つまり、日本で乗られていた車は、もともとの車の性能に加え、世界でも例を見ないほどコンディションが良く、それでいて値段もリーズナブル、人気が集まるのもわかりますね。

 確かに、日本人の年間走行距離は1万km以下であるのに対して、アメリカでは年間3~4万kmの走行で、総走行距離が30万kmを超えて普通に走っている車も多々あります。日本における法定耐用年数も新車の場合、初度登録から4~6年で償却するのが原則となっていますから、5年経過すると途端に査定価格も下がってしまいます。 日本ではスクラップになってしまう中古車でも、海外のユーザーに切望され、現地で大活躍するクルマがこれからも増えそうですね。

【写真】アメリカで生まれ変わったR33型「GT-R」

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80~90年代日本車が北米で大人気のワケ 日本の実情にハマる「15/25年ルール」とは? へのコメント 41件 』

  • 投稿者:(´Д`゚¥☁️)オカルトさん(By.ss)

    やれやれ…車検のはがき(案内)が届いたので、1日車検ですぐに終わる『速太郎(全国に約120店舗)』というのに電話予約しました…☎️ヾ(´△`;¥☁️)
    春先は他にも、いろいろと税金等の支払いがあるので具合が悪くなりますね…(´-ω-`☂️)

    13+
  • 投稿者:(´・ω・`⌛️)オカルトさん(By.ss)

    ☢️ヾ((´-ω-`❄️))うう…寒いですねぇ…
    今日の埼玉県毛呂山町の天気は☁️☂️❄️→☁️-2~8℃で、明日1/8(水)は☁️☂️☀️1~11℃の予報です。
    私が若い時に路面が氷っていた時にタイヤがパンクして、スペアタイヤの取り付けで苦労しました…。
    あの頃はスペアタイヤを後部座席に載せて、ちらほら一つだけ違うタイヤで走っている車を見掛けましたが最近は、スペアタイヤの義務化が緩やかになったのか少なくなりました。
    スペアタイヤは重たくて燃費がかさむし、パンク修理キットやらロードサービス等を利用している人達が増えたのかな(・_・?)

    9+
  • 投稿者:(^∇^✡️)オカルトさん(By.ss)

    ■TRIUMPH トライアンフ(英国.1885年設立→1984年閉鎖)
    □トライアンフ スポーツTR3A(1957~61年発売)は、1991CCの直列4気筒。
    □トライアンフTR4(1961~65年発売)→TR4A(1965~67発売)は、双方共に2138CCの直列4気筒。
    トライアンフはバイクの方がイメージがあるが、昔は素晴らしい自動車メーカーの一人だった…φ(´Д`♪)
    1984年に閉鎖したのが残念でならない…(・_・`✝️)

    8+
  • 投稿者:(^∇^✡️)オカルトさん(By.ss)

    ◎ヾ(^∇^)◎)))➰➰➰➰⚡️
    Ford フォードと言えばマスタングを思い出すが私は、昔のFord サンダーバード前期1955~56年期(全面長く2ドア)のスポーティーな外観が好きですね♪φ(゚∀゚⌛️)
    後は、ギャラクシー427・ギャラクシー500(1963~67年期)のデザインも名車の一つと思います♪(=´▽`=⛱️)

    8+
  • 投稿者:(´Д`⌛️)オカルトさん(By.ss)

    (´Д`☢️) 冷戦時代を思い出す…。
    ■АвтоВАЗ(アフトヴァース)ЛАДА(ラーダ)の21011型と2107型。60&70年代の旧ソビエトの大衆車。
    ■Trabant(トラバント)P601型(594CC) 1960~90年代の旧東ドイツの大衆車。
    トラバントは、資源不足で、ボディーは硬化プラスチックやら硬化ダンボール製だったらしい…(´△`☁️)
    ♦️(⌛️´・_・)名車というよりは、一つの懐かしいレトロ車と言えよう…。

    15+
  • 投稿者:(´△`☁️)オカルトさん(By.ss)

    ☢️ヾ(゚Д゚;☂️)
    今から20年ほど前に入院中の母の御見舞い行く為、兄の車(ホンダビート)を借りた。
    病院受付の建物近くの平坦な駐車場は満車なので、仕方なく約45゚急勾配の登り坂奥にある駐車場を目指した。
    長さ約100メートルの登り坂…後10メートルで平坦な道になる時に、手術後の母さん大丈夫かなぁ…と考えていたり、乗り慣れない軽自動車&マニュアル車のせいか、突然エンストしてしまいました…((ノ_・、☠️☂️))
    車は、ずるずる後退…それに後続車のプレッシャーで、心配した後続車が迂回したり、病院関係者の励ましで数回のエンストするも何とか無事に登りきりました。
    あれ以来、やはり自分にはマニュアル車が向いていないと悟り、ずっとオートマチック車に乗っています(~O~;⛅️)

    12+
  • 投稿者:(^∇^⌛️)オカルトさん(By.ss)

    →前回の続きです♪φ(^Д^⌛️)
    【1962年.昭和37年の出来事&その他(=´∇`=⛱️)】
    ⏱️1/1→西サモアがNZランドから独立 ⏱️1/10→Peruのワスカラン山(標高6768M)のランライルカ町を大雪崩が襲い約4000人死亡(☆1970年にもワスカラン山の大雪崩でユンガイ町を襲い約18000人死亡) ⏱️2/1→東京都の人口が1000万人を超える(世界初の1000万人都市) ⏱️2/7→西独のルイゼンタール炭鉱でメタンガス大爆発が起き約300人死亡 ⏱️3/1→大正製薬がリポビタンD発売 ⏱️3/7→群馬県の吾妻渓谷で消防車が転落して6人死亡(☆運転手の団員の飲酒&無免許らしい(´-ω-`⚡️)) ⏱️6/3→パリ市オルリー空港でエール仏ボーイング707が離陸失敗して130人死亡2名生存 ⏱️6/22→カリブ海諸国 グアドループの空港で又もや、エール仏ボーイング707が着陸失敗し113名全員死亡 ⏱️7/7→明治アーモンドチョコ発売 ⏱️9/1→広島テレビ放送開局 ⏱️9/13→山梨県の山中湖畔の秋田山荘で、一酸化炭素中毒で10人死亡。
    ●テレビCM(☆前田製菓のランチクラッカー・藤田まこと)→俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー♪◽️ヾ(^q^☀️)
    ㊗️誕生→⏰1/7 デビル雅美(女子レスラー) ⏰3/20 郭泰源(西武ライオンズの投手(=^ェ^=L)) ⏰4/6 秋山幸二(=^ェ^=L) ⏰5/8 オレステス デストラーデ(-@_@-L) ⏰7/3 トム クルーズ(俳優) ⏰10/7 タイラー バン バークレオ (^-^L)
    ✝️永眠→⏰6/1 アドルフ アイヒマン(元ナチスの高官・1906年生)が絞首刑された ⏰8/5 マリリン モンロー(1926年生)が睡眠薬自殺した
    ●東京など大都市の大気汚染によるスモッグが問題化する ●バービー人形 輸入開始。
    ♦️それでは又ね~ (^∇^)/~~ (=´Д`゚=⛱️)/~~

    20+
  • 投稿者:(^∇^⌛️)オカルトさん(By.ss)

    ♦️現在の軽自動車市場は、SUZUKIやらDAIHATSUがトップ争いを繰り広げていますが、1960年代のMAZDAマツダは、軽自動車シェアの先駆者と思います。〆(^∇^⌚️)
    ■MAZDA キャロル(KPDA型)は1962年(昭和37)来年2月で、58年前に発売された。
    □1961年(昭和36)MAZDA 700を軽自動車規格に改良したのがキャロルである。当事、全長3メートルという規格内で4人分の車内スペースがあった。
    □キャロルの全長は2M98cm・幅1M30cm・高さ1M34cm・重量525Kgで358CCであったが、後部にある4気筒のOHVエンジンはパワフルだった。
    □9ヶ月後の1962年11月には、更に洗練されたキャロル600(586CC)も発売され大衆車の仲間入りとなる。
    □ちなみにキャロルの価格は37万円で、当時の物価は→大卒初任給は約17000円・煙草(Gバット)30円・拉麺50円・カレーライス100円・理髪(とこや)160円。
    □当時のMAZDA 軽自動車のシェアは1962年(昭和37)は67%→1963年(昭和38)は62%→1964年(昭和39)は56%を誇っていた。
    ♦️ついでなので、次回.1962年(昭和37)の出来事&その他を書きます♪φ(^Д^;⌚️)
    続く→

    20+
  • 投稿者:(^∇^⌛️)オカルトさん(By.ss)

    ☢️ヾ(=´▽`=ヽ⛱️)♪
    ■Prince スカイライン スポーツ(コンバーチブル BLRA-3型.1962年)は、製造台数60台と貴重。とても美しいデザインで今は博物館辺りしか、御目にかかれない。
    ■Datsun フェアレディ2000(SR311型.1967~70年)は、日本初の時速200Km/h超えを誇る典型的なスポーツタイプの車だった。前方の長いボンネットが更に気品高く感じさせる。

    9+
  • 投稿者:(^∇^⌛️)オカルトさん(By.ss)

    ☢️ヾ(=´∀`=ヽ)♪
    ■VW・Volkswagen フォルクスワーゲン(旧.西独)の、タイプ3 ファストバックの2ドアが気になりました♪φ(^Д^ ⏰)
    □製造期間は→1961~73年(昭和36~48)で、約1500~1600CC。
    昔はデザイン的にイマイチと言われていたらしいが、私が思うには昔から現代~未来も、最高のデザインと感じました。
    ♦️クラシカルな外観で、前方のボンネットの長さが気品高く感じる…(=´∀`゚=☀️)
    様々な色が在るが、赤い色と、黒い色が善いですね♪
    〆(^∇^) (=^ェ^=⛱️) (=^◇^=㊗️)

    11+
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