「負の歴史」、風化する記憶=中国・文革発動60年―進む高齢化、情報統制も

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 【北京時事】中国を10年にわたり混乱に陥れた文化大革命の発動から、今年で60年。文革は「紅衛兵」による毛沢東の政敵や知識人への過酷な迫害、都市部の青年を農山村に送り込んで労働させる「上山下郷運動(下放)」など多くの悲劇を生んだが、全容は今も明らかになっていない。当時を経験した人々は高齢化。習近平指導部は情報統制を強めており、記憶の風化が進んでいる。
 ◇文革が人生翻弄(ほんろう)
 「文革で人生が左右されたが、あの時はそれを受け入れるしかなかった」。北京生まれの男性(75)は、そう話す。文革が始まった時は中学生で、天安門広場で開かれた紅衛兵の集会に参加。毛沢東の姿を遠くから眺めたという。
 混乱で学校は休みとなり、卒業も延期された。男性は毛語録を読み、毛をたたえる歌を歌って過ごしていたが、1968年に陝西省延安市の農村に送り込まれた。「6人兄弟で自分だけが下放され、北京をたつ時に親が泣いた。下放先は物不足で生活は苦しかった」と振り返る。
 その後、同省西安市に移ってトラック運転手として働き、一緒に下放された中学の同級生と結婚。定年退職を機に北京に戻った。「下放された同級生の中には今も現地で暮らす人もいれば、そこで亡くなった人もいる。みんな歴史に翻弄(ほんろう)された」と話す。
 黒竜江省に住む男性(74)は、電気技師だった父親が旧ソ連の技術者と交流があったため「外国のスパイ」と見なされ迫害を受けた。「勉強が好きで成績も良かった」というが、進学の道は閉ざされ農民として暮らしてきた。「文革がなければ違った人生があったはず」という思いは、今も消えない。
 ◇習氏、毛時代に回帰
 文革の影響を大きく受けた世代は70歳以上になっているが、発動60年の節目を迎えても中国国内で記憶を語り継ぐ報道はほとんど見られない。共産党の歴史を展示する北京の党歴史展覧館も、文革にはわずかなスペースを割いているだけだ。展示では、中国建国後「党や国家、人民に最も長く、広範な損失と最大の挫折をもたらした」と文革を総括しているが、暴力の実態や犠牲者数などには触れておらず、「負の歴史」を封印したい習指導部の意向がうかがえる。
 共産党は81年の歴史決議で、文革の背景として毛への権力集中と個人崇拝を指摘。それを防げなかった党指導部を批判した。しかし、習指導部は2021年11月に採択された「党の100年奮闘の重大成果と歴史的経験に関する決議」で、そうした批判に踏み込むのを避けた。
 27年の党大会で4期目入りも取り沙汰され、長期体制を固める習氏。文革では父の習仲勲元副首相が失脚し自身も下放された経験を持つが、権力集中を進めるその政治手法は「毛時代に回帰している」(日本の中国研究者)との指摘は多い。 
〔写真説明〕文化大革命期、毛語録を掲げて行進する紅衛兵ら=1966年6月、北京(AFP時事)
〔写真説明〕中国共産党歴史展覧館の一角にある文化大革命についての展示=5日、北京