札幌バー【Tranquilizer(トランキライザー)】で吉田美奈子&譚歌DUOが一足早いクリスマスプレゼント!アーティストが辿り着く場所!

25年の月日を経て復活した、札幌のバー「Tranquilizer(トランキライザー)」。
そこは、音楽という共通言語を通して、年齢や性別や地域を超えるボーダーフリーの場である。

2021年12月18日、19日、とうとうその日はやってきた。
雪降りしきる札幌街中の地下にある「Tranquilizer」は、今宵特別な劇場空間になる。
コロナ禍、音を提供する側も、生の音楽を求める側も、苦難やストレス、耐え難い生活スタイルが続いている。
コロナの影が完全に払拭されたわけではないが、厳しい規制が緩和され、一足早いクリスマスプレゼントが札幌の街に届けられた。

Tranquilizerの舞台に舞い降りたアーティストは、吉田美奈子さんだ。
吉田美奈子さんについて、詳しい説明は不要だろう。(以下、美奈子さんと呼ばせていただく。)

日本を代表するシンガーであり、ソウルフルで個性的なヴォーカルと自由自在な音楽活動は、多くのミュージシャンの憧れであり、多方面からリスペクトされている。
16歳で、細野晴臣や松本隆との交流をきっかけに、オリジナル楽曲の制作を開始、高校生のときには既にライブ活動を始めたという。
心の描写がカラフルでどこか優しい気持ちになるその歌詞や楽曲は、多くの人々を魅了し続け、艶がありどこまでも伸びてゆく歌声は、一度聴けば忘れることはないだろう。
進化し続ける音楽は、壮大な世界観を描き出し、オリジナルアルバム21作品を発表している。

フィクションだと自分で「嘘をついているな」と思うから、フィクションで歌詞を書くことはあまり好まないと岡村靖幸さんとの対談で語られているのを拝見したことがあるが、その活動全体が、自分の心に正直であるように思われる。
商業傾向に走る音楽業界とは一線を画し、音をじかに伝えることに拘り、ライブ活動を中心に、唯一無二の歌声を全国に届け続けている。
予定調和を嫌うそのライブは、歌われる楽曲も、その表現の仕方も、場所により変わり、極上の時はそこにいるものだけが体感できる。
まさに、Tranquilizerのオーナー・細川祐司さん(愛称:ユージさん)が熱望していた、生の音楽の振動や空気感を提供する使命を持つアーティストだ。

今宵美奈子さんの意志を共有し、至高のサウンドを創り出すのが、日本のジャズシーンを牽引するトッププレイヤーの二人、金澤英明さん(ベーシスト)、石井彰さん(ピアニスト)からなる譚歌(たんか) DUOだ。

金澤さんは、札幌生まれで、辛島文雄トリオに参加後、板橋文夫、本田竹広やジョージ大塚等の人気グループで活動し、渡辺貞夫や近藤房之介らと共演、10数年間にわたり日野皓正グループのベーシストを務めた。
2001年にハンク・ジョーンズと共演した「ハッピー・トーク」も話題となり、コジカナツル、石井彰・石若駿とのBoysなど、様々なユニットのツアーで全国のファンを魅了している。

石井さんは、日野皓正クインテットで長年活躍しながら、ソロや自身のグループで活躍し、自由自在な豊かな表現力で、ピアノ音を芸術に昇華させる、稀有なピアニストだ。
光と影を操り、時には寄り添い、時には力強く、余韻を観客の記憶に残す。

金澤さんと石井さんは譚歌DUOを結成し、コントラバスとピアノで創り出す、情熱的でエネルギッシュな、そしてなんとも心地よいサウンドを提供している。
ジャズのカテゴリーを超えた様々な音楽が奏でられ、純粋なバラードが心に染みていく。
20年以上信頼関係にある二人がMCで届ける音楽系YouTube「譚歌チャンネル」は、驚くほどの豪華ゲストを迎えたトーク&ハイクオリティなライブセッションが人気だ。
毎週日曜日(年末年始はお休み)に届けられている譚歌チャンネルでは、二人のほのぼのした雰囲気とやさしさで溢れ、コロナ禍の音楽ファンを癒し続けている。

決して広くはないTranquilizerの限られたスぺースで、吉田美奈子&譚歌DUOという贅沢なトッププレイヤーによるライブが実現した背景には、金澤さんとユージさんとの深い親交がある。
苦しみストレスが多いこの時代に、生の音を伝えることの重要性を誰よりも知っている吉田美奈子さんも快諾されたという。
MORROW ZONEの小西順さんがPAをサポート、ユージさんの盟友Café&Antique Nancyの西多努さんも協賛し、奇跡のようなライブが静かにスタートした。

アンティークの照明の下で、石井さんのやさしくも力強いピアノ音が情緒豊かに広がり、美奈子さんの声が会場を包み、金澤さんのコントラバスの重低音が寄り添っていく。
バート・バカラックの“Alfie”だ。
息を呑むという表現では足りないだろう。
Tranquilizerを埋め尽くす観客が気配を消すように、一瞬で無音になった。
真の音楽家の生の音に触れる感動、いや快感は、一度経験するともはや逃れることができない。

譚歌チャンネルの中で、金澤さんは、ジャズを極めたいのなら、形だけ追うのではなくソウルだということを理解してほしいと語っている。
本当の言葉をしゃべるようになればジャズは良くなり、レストランのBGMだけではない音楽だとわかるだろうと。
まさに、本物の音の語らいは、人の手や口を止め、呼吸することさえ忘れてしまう。
写真撮影許可をいただいた筆者も、この世界観の異物となるシャッター音を嫌い、その指はしばらく止まっていた。

石井さんが、ライブ中のMCで、10代の頃からの美奈子さんへの憧れ、熊本地震チャリティーアルバムでの最初の出会いや横浜での初セッション、そして今家族のように仲良くツアーをまわれている幸福感などを話られていた。
そして奏でられたのは、2003年まで使われた日曜洋画劇場のエンディングテーマ曲、コール・ポーター作曲の”So in Love”。
石井さんによって珠玉のアレンジがされており、鍵盤の音に惹きつけられる。

ライブはありがたくも2部構成となり、途中に休憩がはさまれた。
アーティストの休憩というより、どちらかというと、別世界まで旅をし、驚嘆の中にいる観客が現実に戻るための時間だった。

緊張がほぐれた頃、2部のスタートを告げるように、金澤さんの力強いコントラバスの弦の調べが響き、アイルランドの平和への願いを込めた民謡、Danny boyが歌われた。
美奈子さんの柔らかで暖かみのあるベルベットボイスが一気に心を貫く。

美奈子さんは、音楽の追求と挑戦を止める事はない。
今年の12月15日には、全くマイクを使わないコンサートが、東京の杉並公会堂で行なわれた。
金澤さん、吉田秀さん、吉野弘志さんによるクラシック界、ジャズ界の3名のコントラバス奏者と石井さんのピアノ、美奈子さんのヴォーカル。吉田美奈子と低音楽団による、究極のコンサートだ。1200人のホールの一番後ろに座っていても歌声がはっきりと伝わったという驚愕のヴォイスは、音を遠くに飛ばす技を持つシンガーだけが出せるものだ。

金澤さんは、空気の振動で音を伝えるのが最も美しいと話されていた。
今の音楽界は、高音や速さに賞賛が集まりがちだが、ゆっくりとした曲調を低音で伝えることの難解さ、空気を震わせて音が伝わる醍醐味を感じてほしい。
指の関節から生み出されるコントラバスや鍵盤からの重厚なサウンドが、心を揺らす歌が、圧倒的な説得力でせまる。

今回のライブでは、ジャズや様々なジャンルのカバーソングが中心であったが、あのMoon Riverでさえも、まるで美奈子さんのオリジナルであったかのような感覚に陥る。
表現力が豊かということは、異国の言葉であっても、情景が想い浮かぶ事だということに気づくだろう。
行間を表現するシンガーは、言葉の壁を超えるのだ。

中毒的な妖しさと癒し、新鮮さと懐かしさが同居する歌声は、刺激と究極の安心感を与え、聴く者は感情がいやというほどくすぐられる。
美奈子さんの声量は年々ボリュームを増し、マイクの距離間でその無限大の音量を調整している。
決して調和を乱すことはなく、石井さん、金澤さんとの音楽的語らいが続いていく。

歌えば歌うほど表情が和らぎ、少女のようになっていく美奈子さんをレンズ越しで見ていると、本当に歌うことが好きなのだなとしみじみと思ってしまう。

最後に、吉田美奈子&譚歌DUOからのこの時期ならではの、The Christmas Songが届けられ、奇跡のライブは一夜の幻のように幕を閉じ、ランプの明かりだけが会場に残った。

音を表現するアーティストがいて、音を提供する場所があり、そして私たちは生の音楽を知ることができる。
金澤さんは、この場を提供したユージさんを、僕の一番大好きな友達と何度も語っていた。
そして、クリスマス間もないこの日に、吉田美奈子&譚歌DUOとTranquilizerを愛する人たちが集まった。
ユージさんは、アーティストと観客を隔てるステージはつくりたくなかったと言う。
音を楽しむ空間は一つとなり、終演後も、初めて会った同士も口々に感動を共有する。
厳しい状況が続いている中で、かけがえのない力と心のうるおいを得て、人は初めて心から笑う事ができる。

新型コロナウイルスの感染拡大によって、苦境に立たされる日本の文化や芸術。
多くの人々が先の見えない不安を感じている現状に、10年前の震災を重ね合わせている人も少なくないだろう。
災害やコロナ禍で経済が停滞する中で、常にエンタメは「不要不急」で「生きるために必要ではない」と分類されがちになる。
このような風潮に、米国の作家スティーブン・キングの「もしアーティストが不要だと思うなら、隔離中(自宅にいる間)、音楽、本、詩、映画、絵画なしで過ごしなさい。」というメッセージがよく取り上げられた。
ただ食べて寝るだけで、本当に幸せだろうか?と疑問を投げ掛けている。
ぴあ総研によると、コロナ禍以前に比べて、ライブ市場はコロナ禍で82%減。フェスは97%減で、復活までは2年以上かかる見通しだという。

デジタル音楽の進化はその歩みを止めることはないが、情報を詰め込むために、人間の耳には聴こえない高音などの不可聴音域やノイズを削るという。
生きている音というのは、そのノイズを含めた気配、アーティストの息遣い、空気の振動で、そこに何か感じるものがあるのは今回のライブでも明らかだ。
アーティストが災害後に、活動をやるべきか、止めるべきか苦悩する姿をよく耳にした。
変わることなく鳴り続ける音楽の意義がいつも問われる。

ユージさんは、アーティストが表現をする場をつくりたいと何度も語る。
自分がお世話になったアーティストや音楽に恩返ししたいという。
Tranquilizerの舞台に立つアーティストが、ゆっくりと店内をみまわし、こういう場があるから、僕たちは音を届けることができると語る。
そして、私達その恩恵を受けるものは、緊張がほぐれ、明日の歩みへの重い足を軽くする、音を聴く場があることに感謝する。
かつてないほどの制限下、くじけずに鳴り響く音楽の必要性を疑うことはない。
1950-70年代、アメリカ南部では、人々は差別を含めた不安定な状況や苦しみの中、ブルースやソウル等音楽に緊張からの解放と希望を託した。
コロナがある世の中に、Tranquilizerが復活したのも、何か宿命だったのかもしれない。

Tranquilizerを出て階段を登ると、真っ白な雪に包まれた世界が、都会の雑踏音を吸収して無音となる。
ただ自らの歩みできしむ雪の音と記憶に残るリズムを刻みながら帰路につくのだ。

文・撮影: Naoya Shimazaki
北海道大学卒業後、ワールドネットワークを持ったドイツ系企業に所属し、ヨーロッパ、アメリカ、アジアで様々なプロジェクトやイベントを手掛ける。
東京から札幌に拠点を移し、主に海外企業のビジネスコンサルタントや輸出ビジネスに従事する。
一方、日本の芸術や文化や食、災害からの復興、地方の独創的な活動を支援、発信していくことをライフワークとしている。

関連情報
Tranquilizer
札幌市中央区南2条西7丁目4-1第7松井ビルB1
https://www.facebook.com/TranquilizerSapporo/
https://www.instagram.com/tranquilizersapporo/?hl=ja


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